第14話シュークリーム(前編)

 クォーターの血が影響しているのか、昔から、身長は高いほうだった。

 高校まで成長期は続き、今では170cmを超えている。

 女性としては高いほうだろう。

 外見はほとんど日本人だが、目鼻立ちははっきりしており、比較的脚は長く、その辺りには外国の血が影響しているのかなと思う。

 友人は、「気の強そうな美人」と評してくれる。

 でも、実際は――。


「羽山君」

「あ、はい。なんでしょう、課長」

「今度の新製品のプレゼンなんだがね。君に行って来てもらえないかな」

「私でよろしいんですか?」

「うん。君はしっかりしているからね。安心して頼めるよ。美人でデキる部下を持って、僕は幸せだな。ははっ」

「……ありがとうございます。頑張ります」

 表面上はにこやかに、私は微笑する。


「羽山さんって、何か運動とかされてるんですか?」

「え? ううん、私、運動ってあんまり得意じゃなくて」

「またまたー。そんなにスタイルいいのに。なんでもそつなくこなしそうですよね」

「テニスとか似合う!」

「分かるー。走るのも早そう」

「……」


「あ、羽山さんだ」

「綺麗だよな。絵に描いたようなクールビューティーって感じ」

「なんか部屋とかもすごいおしゃれそう」

「あー、だな。北欧系ってか、スタイリッシュな家具とか置いてたりして!」

「…………」


 仕事が終わって、ワンルームマンションに帰り、

「あ~~~疲れた!」

 私はベットに倒れこむ。

 某お値段以上な家具屋で買った、とにかくコスパ重視のベットだ。


 インテリア? は? なにそれ。

 物なんて安さ重視! 部屋の中はとにかく価格を抑え、使えれば良い的な家具ばかり。

 おしゃれな小物とか、一切無い。センスないし。


「なんで運動できそうとか見た目で思うんだろう……。50m走とか9秒後半だし。体力ないし。反射神経ないし……」

 適当に服を脱ぎ散らかしながらごろごろする。

 整理整頓は正直苦手だ。掃除は週末にまとめてやっている。


「しかもまたプレゼン指名された! 苦手なのに。人前で話すのとかすっごい苦手なのに~~! 資料も作らなきゃ。ああ、また残業だ……」


 そう。

 仕事のできるクールビューティーなんて、たまたま、外国の血が良い方向に影響した外見だけで、皆が判断してる幻想。

 実際の私はかっこよくなんてないし、優柔不断でうじうじ悩むし、どんくさいし、不器用で、人見知りな、情けない人間なのだった。


「もうもう、なんでみんな外見だけで人を判断するかな! 見た目なんて、たまたま生まれてきたときに、決まったってだけなのに……」

 おかげで私は、いつも気を張ってばかりだ。


 みんなの期待を裏切ることのないように。

 みんなに幻滅されることのないように。

 頑張って、頑張って、みんなが期待する自分を演じて。

 本当の自分を偽って。


「もう疲れたよ……。でも、みんなにがっかりされるのはこわい……。本当の自分を見せるのがこわい。」

 ばふっと、枕に顔をうずめる。

「みんなももっと、外見で思い込まずに、私のこと、もっと普通に見てよ……」


 はっと。

 私は仰天した。

(あれ、これ、夢でも見てるのかな……。私、きっとあのまま寝ちゃったんだ)


 気がついたら、見知らぬ場所に座っていた。

 私だったら思いつきもしないような、レトロで雰囲気の良いインテリア。

 ランプの明りに照らされた店内――何かのお店だろう、多分――は、幻想的で美しかった。


「いらっしゃいませ。異空菓子処『ノン・シュガー』へようこそ」


(あ、店員さんかな?)

 いつの間にか近くに来ていた人物に声をかけられて、何気なくそちらを振り向いた。

 そして、絶句した。


 ふわふわで柔らかそうな銀髪はやや青みを帯び、宝石のような鮮やかな紫の瞳がこちらを見つめている。

 ものすごい美少女だった。


(あ、やっぱり夢だ。だってこんな可愛い子、そうそういるはずないもんね)

 せっかくだし、良く見ておこう。

 目の保養、目の保養。


 私がまじまじと見つめていると、少女は居心地悪そうに身じろぎした。

「あの……お客様。私の顔に、何かついているでしょうか?」

「あ……ご、ごめんなさい! あんまり可愛かったから、つい」

「可愛い……ですか?」

 そういって小首をかしげる。

 その動作すら可愛い。


「可愛いよー。今まで言われたことない?」

「どうでしょう……。あまり、気にしたことがありませんでした」

 その返答に、私は肩を落とす。

「うらやましい……」

「はい?」

「私はみんなに、外見で勝手に中身まで決め付けられて、そのイメージを崩さないように、苦労してるから」

(あー私、夢でまで愚痴ってる。ほんと情けないなあ)


 少女は私をじっと見つめると、

「人からどう思われようと、私は私で、あなたはあなたです。それではだめですか?」

 不思議そうに言った。


 思わず苦笑する。

「ほんとにね、なんでそれじゃだめなんだろうね……」

 理由は、多分、簡単だ。

 私が見栄を張りたいだけ。


 しばらく私を見つめていた少女は、居住まいを正し、改めて言った。

「お客様。当店ではメニューはございません。提供できるのはおまかせの1品のみ。それでもよろしければ、召し上がっていかれますか?」

「そうなんだ。……そうだね。甘いもの食べるのも、気分転換になっていいかもしれない。いいよ。おまかせで、是非、お願いします」

「かしこまりました。それでは、腕によりをかけたメニューをご提供いたします」


***


 本日のお客様は、外見と中身のギャップに悩んでいらっしゃるようでした。

 なんとか、元気になっていただきたいですが。うーん……。


 ――それでは、あのメニューでもお出ししましょうか。

 

 バターと卵を室温に戻し、卵は割りほぐします。

 バターを入れた鍋に塩と水を入れ、火にかけます。バターが溶けたら、火を止めて、ふるっておいた薄力粉を入れましょう。入れたらかきまぜます。すばやくすばやく。

 混ぜたら再び火にかけ、ツヤが出たらボウルに移します。

 そうしたら、溶いておいた卵を少しずつ加えて、全体を混ぜましょう。

 できたら絞り袋で天板に丸く絞って、オーブンで焼成。

 パリッとふっくら、焼きあがりました。 

 

 ここまでは仕込みが終わっています。

 さて、ここから。

 ちょっとした仕掛けをほどこしましょう。

 あのお姉さんに、うまく気持ちをお伝えできるといいのですが。

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