第15話シュークリーム(後編)
「お待たせいたしました」
「わ! 美味しそう。シュークリームだね」
「はい。お口に合うといいのですが」
こんもりと丸く大きく膨れた生地は、まんべんなくきれいなきつね色。
ほどよくひび割れた表面は、いかにもパリッと香ばしそう。
振りかけられた粉砂糖は繊細で、雪山みたい。
ああ……この漂ってくる香りにも、食欲をそそられる。
「どうぞ、召し上がってください」
「いただきます!」
一つを手に取り、大きな口を開けて、がぶりとかぶりつく。
「! うわあ……」
外の生地はふんわり、サクッと歯切れ良く。かみしめるとモチッと香ばしい。
あふれんばかりに詰まったホイップクリームが、噛み切った端から少しこぼれでる。
ミルクの香りたっぷりで優しい甘さ。
口の中ですっと溶けるほどにふわふわで軽く、いくらでも食べられそう。
皮の香ばしさとクリームの甘さが程よくて、相性が抜群だ。
(美味しい……止まらない!)
急いで二口目もほおばる。
広がる甘さに、幸せな気分になる。はみ出たクリームを少しぺろり。
そうして、あっと言う間に一つ食べてしまった。
「はあ……美味しかった」
「ありがとうございます。喜んでいただけて、とても嬉しいです。――それでは、こちらもどうぞ」
「え……?」
続いて出てきたのは、同じくシュークリーム。
けれど、こちらはとても綺麗にラッピングがされていた。
とりどりのカラーフィルムとリボンで。幾重にも。
「あの……?」
「どうなさいました? どうぞ、召し上がってください」
「え、でも……こんなに綺麗にラッピングされてるし。なんか、食べづらいっていうか、気軽に手が出せない感じ」
「……そうですか。では、こうしましょう」
しゅるしゅると、少女が包装を解く。
丁寧に取り出された中身は、ちょこんとお皿の上に乗せられた。
こうして見ると、先ほどと同じシュークリームに見える。
「これでいかがですか?」
「うん……ありがとう。それじゃ、いただきます」
甘さ控えめのシュークリームだったので、まだお腹には余裕がある。
どうせ夢だし。何個でも食べちゃえ。
先ほどと同じように、豪快にかぶりついた。
「!?」
食べてみて、驚いた。
外側の皮は先ほどと同じ。ふんわりサクッと香ばしい。
でも中身が――。
「こっちは、カスタード?」
中から、卵たっぷりの甘いクリームがとろうり口の中にあふれる。
ホイップクリームの乳味とはまた違った濃厚さが舌に広がる。
(ああ、こっちもまた違った魅力で、美味しい)
ぱくり、ぱくりと。
食べ進めるたびに、とろんとクリームが舌にまとわりつく。
それを、皮の香ばしさがさらりと流してゆく。
そんな風に、またしてもあっという間にたいらげてしまった。
「はあ……満足。ごちそうさま」
「それは何よりです」
少女は、テーブルの上を手早く片付けながら、言った。
「今食べていただいたシュークリームは、お客様自身です」
「え……?」
私、自身……?
「周囲のイメージに応えたくて、本当の自分を見られてがっかりされるのが怖くて、綺麗に綺麗に外側を飾って――ラッピングしている。それほど幾重にも装飾をほどこされたら、誰だって中身を見ることはできません。触れることもできません。それを解くためにも、相手側に踏み込む勇気が必要になります。必要と、させてしまいます。先ほどお客様もおっしゃいました――気軽に手が出せない、と」
「あ……」
「どんなに綺麗でも……食べてもらわなければ本当の味は分かりません。ラッピングをしたままでは、お客様は、召し上がりませんでした。けれど、包装を解いたら――こちらから、開いてみせたら――お客様は、召し上がってくださいました」
「……」
「二つ目のシュークリームは、いかがでしたか? 中身には、カスタードを詰めていました。想像とは、違っていたのではないでしょうか。ホイップクリームが詰まっていると思って召し上がった。最初は、驚いたでしょう。でも、お客様はそれでも、カスタードと分かった後も、美味しそうに召し上がってくださいました。こんな風に思いませんでしたか? 思っていたのとは違ったけど、これはこれで美味しい、と」
「……」
そう。確かにそう、思った。
「人間とお菓子では違う、と言われるかもしれませんね。確かに、人間は美味しいだけではありません。良い所も、悪い所もある。――でも、それは誰だってそうではありませんか? 全部さらけ出せとは言いません。誰しも、隠している自分はいるはずです。でも、ほんの少し――ラッピングのリボンをほどくくらい、歩み寄りをみせたら……。想像と違う面を見られて、がっかりされるかもしれない。でも逆に、親しみを感じて、向こうも歩み寄ってくれるかもしれない。本当のお客様を、ちゃんと見てくださるかもしれない」
「……」
「完璧なクールビューティなんて、そうそういらっしゃるものではありませんよ。周囲の期待に応えようと、自分自身で作り上げた
「……それは、とても勇気が必要ね」
「大丈夫。等身大のお客様も、とても素敵です」
「ありがとう……」
ころん、と。目の前に何かが落ちた。
「……宝石……?」
「クリスタルの鱗ですね。透き通って、とても綺麗です」
「これ、今、私から……?」
「はい。当店では、この鱗をお代とさせていただいています」
「そう。では、お支払いするわ。――とても美味しかった。ありがとう」
「恐縮です。ご来店、ありがとうございました。――どうぞ、有意義な人生を」
私は自分のベッドで目を覚ました。
「不思議な夢だったな……」
むくりと身体を起こす。
「あれ?」
妙なことに、帰宅してからほとんど時間は経っていない。
それに。
「これって……」
私は、服についていた一本の髪の毛を手に取った。
照明にもまばゆく輝く、きれいな銀色の髪の毛を。
「夢じゃなかった……のかな」
まあ、いいや。どちらでも。
食べたシュークリームの味、少女に言われた言葉、私は全部、覚えているから。
明日は、お弁当でも作っていこうか。
料理はあんまり得意じゃない。
きっと見栄えもあまりよくなくて、一応食べられることは食べられる程度の、そこそこのお弁当ができあがるだろう。
それでもいい。
もし誰かに見られたら、失敗しちゃったと笑い話にしよう。
もう、完璧のふりは、自分を偽ることは、やめにしよう。
新しい、本当の、私自身のために。
***
「だいぶ慣れてきたみてーじゃねーか、シュガー。鱗の枚数も増えて、俺様の力もだんだん増してきたぜ。よくやってんな」
「本当ですか? へへ、ありがとうございます。でもその割には、私の記憶、全然戻る気配がないんですけど……」
「まあ、まだまだ先は長いってこったな」
「そうですか……。じゃあ、ご褒美ではないですけど、今日はちょっとだけ、贅沢なリクエストをしてもいいですか?」
「んん? 何だよ。とりあえず、言ってみな」
「はい。次の食材は、フルーツを」
「なるほど、そりゃあ大きく出たな。まあ、いいぜ。何種類だろうと、まとめてOKってことにしてやらー」
「ありがとうございます!」
ようやく使える材料も、それなりに増えてきました。
いろいろなお客様との出会いも、たくさんのことを私に与えてくれます。
これからも、頑張っていきましょう。
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