第13話絞り出しクッキー(後編)

「お待たせいたしました」

「あ、なんだ、クッキーかあ……。なんかものすっごいメニューが、どかーんって出てくるのかと思ったよ。あ、でも、いろんな形があって面白いね! それに、懐かしい」

「お懐かしい?」

「うん。小さい頃だけど、たまーにお母さんがクッキー焼いてくれて、食べたなあ」

「それは……。素敵なことですね」

「うん。今は、大人になって、あんまり話すこともなくなっちゃったけどねー……」

「……」


「こうやってお皿にざらざらって盛って出されると、わくわくするね! どれから食べようかなあ……。まずは、シンプルに、丸型のやつ!」

 丁寧につまみ上げ、ぱくりと一口。

「うん! サクッとして、噛んで行くとほろっとほどけて、とっても美味しいよ! 優しい甘さだね」

「はい。色々な種類を楽しんでいただけるように、お砂糖は控えめにしています」

「うんうん。次々食べたくなるよー。じゃ、次の形のを……いただきまーす。――あれっ!?」

 びっくりして声を上げた。


「なんかさっきのと感じが違う! こっちは、外側がカリッとして、ざくざくで、少し香ばしい感じ!」

「形が違うと、火の通り加減も違うのですよ。焦げないように注意が必要ですが……、食感が変わって、面白いですよね」

「へえ……驚いたな。材料が一緒でも、形でこんなに変わるんだ! それに、見た目の印象でも、味の感じ方、変わるね! 楽しい」

(本当はナッツやドライフルーツ、ココアパウダーなんかでアクセントをつけるともっとバラエティに富むんですけれどね……。今は材料が無いせいで、形くらいしか……)

「へ? なんか言った?」

「あ、いえいえ! なんでもございません。ふふふ」

 

 こうして、私は銀髪美少女シュガーちゃんとおしゃべりをしながら、クッキーを楽しんだ。

 話題は結局、私の愚痴になる。

「――そんな感じで、ありきたりのものしか書けないの。読者の皆からのリアクションもないし、なんかモチベーション下がっちゃって。ああ……。帰るの憂鬱。こんな珍しいことが、もっとたくさん起こればいいのになあ」

「珍しいことも、たくさん起これば、そのうち当たり前のことになってしまいますよ」

「へ、あ……。そっかあ」


「あの、東さん。クッキー」

「うん?」

「クッキー、召し上がりましたよね。クッキーって、どんなイメージですか?」

「ええ? 漠然とした質問だなあ……。うーん……」

 首をひねると、思いつくままに答える。

「美味しい、簡単、懐かしい、素朴、安定、安心……そんなもん? とりあえず、お菓子の定番って感じ」


「ですよね。――でもそれって、悪い言い方をすれば、ありきたり、とも言えませんか?」

「……あ――」

「ありきたりで、平凡なお菓子。それなのに、クッキーって、飽きられることもなく、身の回りにたくさんあふれてますよね。手作りでも、市販のお菓子でも」

「……」

「それは、さっき東さんも仰ったとおり、安心できるお菓子だからだと思います。ありきたり――だからこそ、定番で間違いがないお菓子。だいたい予想がつくからこそ、食べて失敗することが無い」

「……」

「それって、悪いことだけでもないですよ。メリットもあります。全く新しいものなんて――お菓子でも、小説でも、生み出すことはひどく難しいんじゃないでしょうか。――それこそ、プロの人にだって」


「……」

「そりゃあ、全く同じものをずうっと食べ続けたらさすがに飽きてしまいますけれど……、でも、さっきみたいに、形を少し変えるだけでも、楽しんで食べていただけたと思います。トッピングをするのもいいでしょう。ちょっとだけスパイスを聞かせてみるのも美味しいでしょうね。――そんな風に、少しだけ、アクセントに、自分らしさを……自分の色を出してみる。それだけで、全然印象って変わるものだったりしますよ」

「……アクセント……」


「書くのも作るのも、やめてしまうのは簡単です。……でも、やめたら、ゼロです。何も生まれません。失敗することもなければ――上達することもありません。東さんは、それに耐えられますか? 一生、時に湧き上がるアイデアを形にすることも無く、文章を書かずに、過ごすことができますか?」

 それを想像し、私は断言した。

「――無理。私はきっと、小説を書くのはやめられない」


「でしたら。書き続けることです。もし、つまらなくても、駄作でもいいじゃないですか。少なくとも、文章は書いているのですから。お菓子は焼けているのですから。焼いてみなければ、それがまずいかどうかなんて分かりませんし――まずかったら、次は同じ間違いはせずにすみます。もっと美味しくなる方法も、見つかるかもしれません。経験は、積まないより積んだほうがいいです」

「……理想論だね」

「……あ、も、申し訳ありません。つい、私、えらそうな口を」


 私はにこりと笑った。

「ううん。いいんだよ、ありがとう。理想論、大事だって。私、自分だと逃げる方にばっかり考えちゃうから、そうやって無理やりにでもいいこと言って、後押しされないとすぐ止まってしまう。足元ばかりみて歩いたって楽しくないし、前を向いて歩いたら、ナメクジくらいは進んでいけるかもしれないもんね」

「ナメクジのチョイスはどうかと……」


 クッキーを食べ終わり、背伸びをする。

 姿勢をしゃんと正した。

 うん。――気合入れよう。

「ありがとう。――私、ちょっとずつ頑張ってみる」


 その時、私の目からぽろりと何かが落ちた。

「!? なに、これ……宝石?」

「わあ、オパールの鱗ですね。虹色に光って、とっても綺麗です」

「……これ、このお店では普通の現象なの?」

「はい。いつも、お客様には、この鱗をお代としてお支払いしていただいております。――この鱗ができるには、お客様に満足していただくことが必要ですが」


「なるほどね……」

 満足は、した。

 クッキーの味にも、そして店主のもてなしにも。

 不足なく。


「この後、私、帰らないといけないのかな? ここで働いたりできない?」

「いえ、当店では従業員は募集しておりません。それに――」

 シュガーはいたずらっぽく笑った。

「ここにはインターネットもパソコンもございませんよ?」

 私も笑った。

「なるほどね。それじゃ私、耐えられないや」


「ごちそうさまでした」

 丁寧に礼をし、立ち上がる。

「じゃあ――帰るよ。自分の部屋に。自分の作品こども達のところに」

 シュガーはとても美しい笑顔で見送ってくれた。

「はい。ご活躍をお祈りしております。ご来店、ありがとうございました。――どうぞ、有意義な人生を」


 そして気付けば、自室だった。

 なんの変わりもない。いつも通りの風景。

「…………。あ~……やっぱ、おしかったかなあ、異空間」

 ベットにばふっと倒れこむ。

「――いや。やっぱ現実ここが必要だわ」

 私を魅了し、励まし、慰めてくれた、たくさんの書籍。

 その書籍の前身となり、インスピレーションの源泉となったさらに過去の書籍。

 そして現在の書籍は、さらに未来の書籍へとつながっているのだろう。

 どんな新しい物語が、これから登場するのだろうか。


「そんな未来……見なきゃもったいないじゃんねえ」

 むくりと起き上がる。

 パソコンの前に座る。


 不思議と、焦りは消えていた。

 評価とか、フィードバックとか、どうでもいい。

 私には、書きたいものがある。それを、形にしたい。

 その物語を私が読みたいから、頭の中にある概念を、文字という形に変換しよう。

 それを読んで、ただ一人ほくそ笑むのも、たまにはいい。

 千里の道も一歩からだ。


「さて……んじゃコーヒーでもとってこようかな」

 もちろん、砂糖シュガーたっぷりで。

 頭脳労働に、糖分は必須なのだから。


***


「ウロさん、いらっしゃいますか?」

「いるぜ。お疲れさん」

「はい、今日の分の鱗です」

「ししっ。シュガーも、だいぶ慣れてきたって感じか?」

「まだまだですよ。欲しい材料もいーーっぱいありますし」

「はん。んじゃ、ま。今回は、何にする?」

「ん~」

 

 悩んだ末に、私は答えました。

「生クリームを、お願いします」

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