第16話フルーツタルト(前編)

「仮名製作所さんの提案品ね、あれなかなか興味はあるんですけどね~、できれば、もう少し性能の方を上げていただけませんか? その上で、コストは据え置きで押さえていただけるとありがたいんですが」

「……はいっ、なるほどですね。精一杯、頑張らせていただきます。それでは、具体的にどのような部分を……」

 表情だけは笑顔に保ちながら、内心またかとため息をつく。

 性能を良くすれば、コストも上がるのが当たり前だ。

 客先の言い分は、自分が社内に持ち帰ることになる。

 さぞかし文句を言われるだろう。


「あ、お疲れ様です。営業の山田です。本日、架空商事さんに提案に行ってきまして、興味は示していただけたんですが――」

 こうこうこういう訳で、と開発部の人間に伝えると、

「それはちょっと……。性能を上げればコストも上がりますよ。しかも期限近いでしょう? 厳しいなあ……。そういう無理な注文持って帰ってこられても、困りますよ」

「いや、そこをなんとかうちの技術力でですね、なんとか腕の見せ所ということで、頑張ってもらえないでしょうか」


 かと思えば、別の会社では――

「大変申し上げにくいのですが、最近は原料コストの値上がりが激しく、弊社も努力してまいりましたが、どうしても、製品価格の値上げをせざるを得ない状況でして……」

「んー……値上げですか。厳しいですねえ。弊社も吸収できるコスト幅には限りがありますから、それだけ上げられると利益でなくなっちゃいますよ。どうにか抑えられないんですか?」

「心苦しいのですが、そこをなんとか……」

「どうしてもということだと、もっと安価な代替品に置き換えるということもないわけではありませんしねえ……」

「……」 

 部署に戻り。

「部長、やっぱり、値上げの了承を得るのは厳しいです」

「そりゃあまあ、厳しいのは当然だよ。そこをどうやって無理にでも認めさせるかってのが営業の仕事だろ? 頭下げるしかないんだよ。こっちは」

 頭は下げている。それこそ、毎日、毎日。


 プレゼンだけが仕事ではない。

 出張しては接待の食事。

 客先の人間をほめ、たたえ、愚痴を聞き、文句を聞き。好きでもない酒に付き合い。


 接待がなければないで、上司に食事に誘われ。

 どうでもいい愚痴を聞き。説教をされ。理想論を語られ。

 休日にはゴルフに連れまわされ。


 たまに空いている夜があれば、外回りを終えて帰ってきてから、溜まりに溜まったデスクワークを必死でこなす。終電が近くなることも珍しくない。


 社内でも、社外でも、人のため他人のために、媚びへつらい、頭を下げて――

 いつもいつも、仲介役で、しわ寄せを受けるばかり。

 僕は、一体、何をやっているんだ?

 こんなものが、仕事なのか? 僕がやりたかったことなのか?


「疲れた……」

 今日も今日とて、とぼとぼと、棒のようになった足で歩く。

 数少ない隙間の休憩時間だ。どこかでお茶でも飲もうか……。そうでもしなければ、やってられない。


「ん……?」

 ふと、足を止める。

「こんなところに、こんな店、あったかな……?」


 こじんまりとした、可愛らしいお店――雰囲気からすると、カフェのように見える。

 仕事柄この辺りはよく歩くが、今までは気づかなかった。

 見るからに女性向けだ。男が一人で入るのは気が引ける。


 なのに――なぜか、気になった。


(たまには甘いものでも食べてストレス解消するのもいいだろう)

 ほんの気まぐれで、僕はそのドアをくぐったのだった。


***


 店内は外観どおり、落ち着いた雰囲気の魅力ある内装だった。

 柱時計に銀食器、食卓は艶やかに磨きこまれている。

 そして何よりも――。


「いらっしゃいませ」

 店の奥から現れた少女に、僕は言葉を失った。

 

「異空菓子処『ノン・シュガー』へようこそ」

 営業スマイルとして、いやそれ以上に、文句のつけようもない笑顔で迎えてくれたのは、およそ店員に似つかぬ年齢の幼い少女だった。


「君……いくつ?」

「私ですか? ……さあ、いくつなのでしょう?」

「他の店員さんは?」

「僭越ながら、当店は、私一人で運営しております」

「………………」

「……は、えええ!?」

 驚く少女をよそに、僕は思わず少女の頭を撫でていた。


「君みたいな小さい子が、一人で店をやってるだなんて……。きっといろいろあったんだろうね。……ぐすっ。えらいよ。ほんとにえらい。大人なのに、文句ばっかり言ってた自分が馬鹿みたいだ……」

「おおおお客様!? なにか誤解があるようですので、落ち着いて……。それと、私にはちゃんとスポンサー(ウロさんをそう言っても間違ってはいないでしょう……多分)がいらっしゃいますので、だ、大丈夫ですよ?」

 慌てふためいた少女の声に、ようやく僕は我に返った。

 信じられないくらい柔らかくふわふわな髪の毛から手を離すのは、少し名残惜しかったが――。

「そう……か。無理はしていないかい?」

「はい。私は、今の生活を、とても楽しんでいます」

「……うらやましいな」

 健気な少女に、思わずそう応える。


「……お客様は、楽しくないのですか?」

 そう問いかける無邪気な瞳に、ぽろりと本音をこぼしてしまう。

 これまでの仕事の苦労や、人付き合いの愚痴を、気付けば次々と語りだしていた。


「……そんなわけで、もう、何のために働いているのか、わからないんだ……」

「…………」

「……ごめん。こんなこと、君に言ったってしょうがないよな」

「お客様」

 少女は、すくと立ち上がった。


「甘いものを、食べましょう」

「……へ?」

「ここは菓子処です。ここへきて、お菓子を食べない手はありませんよ。しかもなんと、当店は無料です! 甘いものを食べて、少しの間だけでも気分転換しましょう。差し出がましいようですが、私がお話役も務めさせていただきます」

「……はは。そりゃあ、いいな。とってもお得だ。セールストークが上手だね、お嬢さん」

「シュガーと申します」

「僕は、山田だ」

 少女はにっこりと笑って

「山田様、それでは、こちらでお待ちくださいませ」


***


(営業さん……。大変そうなお仕事です)

 せめてここにいる間だけでも、少しでも気分を軽くして差し上げたい。

 けれど……なんでしょう。

 『仕事』『やりがい』

 このキーワードには、何か感じるものがあるような。

 ひっかかるものがあるような――。


 ――いえ、今はお客様のことに集中しましょう。

 

 今回は少し手の込んだスイーツをお出ししましょうか。

 フルーツをたっぷり使った、新作です。

 出来上がっているので、後は切り分けてお出しするだけです。作り方は、こんな感じ。


 室温に戻したバターを白っぽくなるまで混ぜて、お砂糖と卵を少しずつ加えながら良くすり混ぜます。ふるった薄力粉を加えたら、へらで混ぜ、生地をまとめましょう。

 生地を冷蔵庫で寝かせたら、伸ばしてタルト型に敷き詰め、焼き上げます。

 カスタードとメレンゲを合わせたクリームを生地の上に流し入れ、冷やし固めたら、後はその上に、色とりどりのフルーツを敷き詰めましょう。贅沢に。ふんだんに。これでもかと。

 仕上げにナパージュで艶を出して、完成。


 さあ、お客様にお届けしましょう。

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