第23話アップルパイ(後編)

「うわ……女子っぽい!」


 ことり、と目の前に置かれた一皿を見て、私はまったく女子っぽくない声を上げていた。

 ホールから切り取られた1ピース。

 上面は、網目状にこんがりときつね色に焼き目がつき。

 横から見える断面は、中にぎっしりと飴色に煮詰められた果物が満たされている。

 そしてケーキの上にはたっぷりのバニラアイスが乗せられ。

 てっぺんには、ちょこんとミントの葉が飾られていた。

 ケーキ――というか、これはパイだ。まだ温かいんだろう、パイの上に乗せられたアイスが、ほどよくとろけて、少しだけ垂れかかっているのがたまらない。

 お皿には、パイを彩るように、キャラメルソースで繊細な模様が描かれていた。


「アップルパイでございます」

「へえ……こういうちゃんとしたお店で食べるのって、初めてだ。アイスと一緒に盛ったりするんだね」

「はい。単体で召し上がるのとは、また別のお楽しみがありますよ」

「なんか、食べなれてないから、くちゃぐちゃに崩しちゃいそうだよ……。どうやって食べようかな……」

 まるでガラス細工を目の前にした動物のように、うろうろと視線をさまよわせる。

 それから、意を決して、フォークをぐさっと差し込んだ。

 

 まずは一口目は、パイだけで。

「ん……やっぱり、まだあったかい。さくさくでとろとろ!」

 上下で挟んでいるパイ生地はサクリと弾け。バターの香りも香ばしく。

 中に挟まれているりんご煮はとろりとして、かめばじゅわあっと甘酸っぱい果汁があふれる。

 酸味と甘みのバランスがちょうどいい。

 少しだけ振られているシナモンの香りもかぐわしい。


「アイスは冷たくておいしい~」

 二口目に食べたバニラアイスは、甘過ぎず、ミルクのコクたっぷりで、その冷たさで口の中をさっぱりさせてくれる。


 単体でもそれぞれ美味しいのだから、二つ合わせて食べたらそれはもう美味しかった。

「あったかいのに冷たくて、でも合うんだ! 不思議な組み合わせ!」

 上に乗っけたアイスで甘く冷やされた口の中は、熱いパイに温められ、サクサク感と香ばしさ、甘酸っぱさが後を追いかけてくる。

 時折キャラメルソースをつけつつ食べるのもたまらない。

 

 アイスをつけつつ、パイを食べていたら、あっという間に食べ終わってしまった。

「あー、終わっちゃったよ。 カフェも、たまに食べに来るといいもんだなあ……」

「お気に召していただけましたか?」

「うんうん、美味しかった。普段、こういうとこ来ないんだけどね。毎回こういうところ来てると飽きそうだけど、でもいつもじゃなくても、たまにならこういうのも新鮮でいいなあ」

「ふふ。喜んでいただけて何よりです。普段と違う経験というのは、いい刺激になりますよね」

「ほんと、そうだね。果物も、普段は生のままで、っていうか、切っただけで食べることが多くて。好きなんだよね。フルーツ。新鮮でみずみずしいやつ。でも、こんな風に煮て食べても、とっても美味しいんだね! りんごって」


 と。

 言って、私はふと思った。


「そうか。あいつも、そういうところ、あったのかもなあ……」

「え?」

「ううん、こっちの話」


 女の子らしくないといったあいつに、反発して出てきたけれど。

 でも、あいつは普段の私が駄目だなんて、一言もいっていない。

 私が新鮮なりんごを好きで、普段はそれで満足しているけれど、こんな風に、アレンジを加えたりんごも時には好ましいと思うように。

 あいつも、たまには私の違う一面を、見てみたいと思っただけだったのかもしれない。


「ねえ、店員さん」

「はい、なんでしょう」

「私が女の子らしい服着て、メイクとかしたらどう思う?」

「それは、お似合いになるんじゃないでしょうか? お客様は目鼻立ちが整ってらっしゃいますから。お肌のきめも細かいですし」

 なーんだって。さすが接客業、お世辞も上手だね。

 まあでも、ちょっとばかり調子にのって、いっちょうやってみようかな?


***


海晴みはる……?」

「……よ。克弘かつひろ。こないだは、ごめん」

「いや、俺こそ……っていうか、何だ!? その格好」

「あー、やっぱ変だったか……」

 

 いつもの私の服装はTシャツにチノパンとか、パーカーにデニムとか、ときかく動きやすいスポーティなものばかりだ。

 でも今日は、スカートをはいてみた。しかも膝上丈だ。

 上半身も女の子っぽいニットのボレロを羽織っている。

 さらにメイクのおまけ付きだ。

 普段私がメイクしないことを嘆いていた女友達に頼んだら、嬉々として飾りに飾ってくれた。

 鏡を見て自分でも驚いたくらいだ。

 なんだこれは。別人だ。メイクってこわい。


 そんなこんなで、出来上がった自分はあまりにも普段とは違っていて、でも女の子らしいことだけは間違いなかったので、恐れ半分、少しは楽しみにしながら彼氏に会いに来たのだけれど……。

 この反応を見る限り、失敗したっぽいな。


「やー、ちょっとやり過ぎたかな。似合わないよね。やっぱ着替えてく……」

「ちょ、ちょっと待てって!」

 帰りかけた手を、がっしりとつかまれた。

「……に、似合わないなんて、言ってねーじゃん! 少し、びっくりしただけで……」

 ぱちくりと見返す。

「……ていうか、ほんとに海晴なんだな。まじで、見違えたよ。……なんか、違う奴みたいで」

「……やっぱ微妙?」

「違うって! ――すっげー綺麗だよ。お前、足細いし、長いから、そうやってスカートはいてるとよく似合うのな」

「え……」

 普段なら絶対聞けないような、克弘のほめ言葉に、私は仰天する。

「メイクも……その、お前の顔とか、表情豊かなとことか、引き立ってて、良いよ。女らしくないとか言って、悪かった」

 そんな。

 あまりにも素直な謝罪を聞いて。

 聞けたから。

 私も、素直に喜んでしまった。

「克弘のために、やったんだよ。気に入ってもらえてよかった」


 デートの帰り、

「なあ、前言は撤回する。だから、次からはいつも通りの格好できてくんねえ? ――周りの奴らの視線が気になるんだよ。そんな、脚とか、丸見えなの、気になるっつーか。それに……」

 ふいっと顔を背けながら、克弘が言う。

「俺も、綺麗すぎて話しにくいから……。いつもの元気な海晴が、やっぱ、好きだ」


 そんな言葉を聞けただけでも、こんな格好をしたかいがあってものだよね。

 これからも、たまには調理法を変えてみるのも、ありかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る