第22話アップルパイ(前編)

 いつものように、私は目覚めました。


 本日も晴天です。

 ――いえ、私はこの『ノン・シュガー』の店内しかしりませんので、外の天気なんてわからないのですけれど。

 分かるはずもないのですけれど。

 分からないので、晴れということにしています。

 雨よりは、晴れの方が気分は良いです。


 お仕事に励んだおかげで、今ではお菓子作りに使える材料も、かなり充実してきました。

 たいていのお菓子は、作るのに不自由しません。


「さて、それでは今日も、準備を始めましょうか――」

 そんな風に、開店準備を始めたところで、


「お店やってる!?」

 ガチャ! バターン! チリーン。ばん!

 と。


 開け放たれた扉が、その勢いで跳ね返り、もう一度閉まりそうになって、

 激しく扉を押し開けた当の本人にぶつかるほどの剣幕で。

 一人の女性がご来店されました。

 びっくりです。


 お若いです。

 20歳そこそこでしょうか。

 健康的なショートカットに、化粧っ気のない顔は、一見ボーイッシュではありますが、しかしはっきりとした目鼻立ちや、つるりと滑らかな肌は、自然な美しさを感じさせるものでした。


「あ、あの……」

「ここ、お菓子屋でしょ? お菓子屋だよね? なんでもいいから、甘いもの、食べさせて!」

 女性は、入店した勢いのまま、早口にまくしたてます。

「な、なんでもいい、ですか」

「いいの。甘いものなら、なんでも。お願い!」


 と、言われましても。

 もともと当店に、お出しできるお菓子はお1人1種類しかないのですが。

 ある意味、必死ともいえるようなその女性の様子に驚きはしたものの、店主として、お客様の要望にお答えしない理由はありません。

 甘味をご提供しましょう。

 いつものように。


「かしこまりました。それでは、こちらでお待ちくださいませ」


***


 入店したお菓子屋は、なんだかちぐはぐなお店だった。

 高級そうで落ち着いた内装の割りに、店番してるのはちっちゃい女の子だし。


 けれど、今はそんな情報も、たいして頭には入ってこない。

 私は怒っていたのだ。


(何なのよ! 私だって、甘いものくらい食べることあるっての!)

 いらだたしく椅子の背もたれに体重を預けながら、憤然と思い返す。

 

 付き合って半年の彼氏。

 相手にとってみれば、何気ない発言だったのかもしれない。

 いつもの軽口の――冗談の延長線上だったのかもしれない。

 それでも、なにがいけなかったのだろう。

 その一言は、私の心にぐさりと突きささった。


「お前って、ほんと女らしくないよな。カフェでスイーツとか食べてるの、想像できねーもん」


 昔から、家でおとなしくしているより、外で遊ぶほうが好きだった。

 小学校から始めたバスケは今でも続けている。

 身体を動かすことは好きだったし、逆に女性らしく着飾ることは苦手だった。

 

 彼氏とは大学のバスケ部で出会った。

 プレイに見蕩みとれたと言ってもらえたのは嬉しかったし、活動的な私のことを、彼も好ましく思ってくれていると考えていた。


 なのに。だからこそ。

 今の私を全否定するような――女らしさを求められるような、そんな一言を、私は受け入れることができなかった。

 衝動的に街にでかけて、なんでもいいから、とりあえず目に付いたお菓子屋に飛び込んだ。


 そして今、ここに座っている。

(やっぱりあいつも、ふわふわした可愛らしい、女の子らしい子の方がいいのかな……)

 自分でも化粧気のないのは自覚している。

 苦手なのだ。あのメイクの、べたべたした感覚が。

 動きにくい、ひらひらした服装も好みではない。

 カフェなんて、普段はあまり行かない。


(だけど私だって、たまにはケーキくらい食べるっての!)

 それを証明したくて。

 あいつの一言に、私だって女の子なんだと、言い返してやりたくて。

 そんな子供っぽい理由のために、私は甘いものを求めて、ここへやってきたのだ。


 お菓子屋なんて普段行かないから、心当たりなんてなかった。

 けんかして、飛び出して、たまたま目に付いたところにこのお店があった。

 どこでもよかったから適当に入ったお店だったけど、内装は落ち着いた女性らしさがあるし、細かいレースのテーブルかけや、細かい置物にも、なんていうか女子っぽい――カフェ!って感じがかもしだされていて、なかなかいいお店を選んだんじゃないかと安心している。


「お待たせいたしました」

 そうこうしているうちに、少女が戻ってきた。

「こちらの一品を、どうぞ」

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