第30話シフォンケーキ(前編)

「――作り直して」

「え……」

「聞こえなかったの? 二度は言わないわ」

「あの、でも……。明後日にはプレゼンで提出しないといけないんですが……」

「だから言ってるのよ。見栄えもいまいち。味もまとまりがない。何の決め手もないわ。こんなもので採用されると思ってるの? もう少し練ってから見せにくることね」

 女性社員が持ってきた、新製品の菓子パン。

 それを一口食べて、私は閉口した。

 よくこんなレベルで試食を申し出たものだ。

 こんなもので、お客様に満足していただけるわけがない。


 その女性社員をすげなく追い払ったところで、男性社員が話しかけてきた。

「部長。次の新製品の企画書なんですが――」

「見せて」

 差し出される間も惜しく、ひったくるように書類の束を取る。

 ざっと目を通すと、

「う!っぷ」

 ぱしん、と男性社員の顔に叩き返した。

「あなた何年この仕事やってるの? 今のトレンドは『特別感』よ。少し高くても、いいものだと思えば客は買うの。自分へのごほうびとかなんとかでね。こんな企画じゃ、コンビニスイーツにも勝てやしないわ。もう少し考えてから提出しなさい!」


 今日も今日とてこの流れか。

 私はため息をつく。

 部下達の、パッとしない仕事ぶりは今に始まったことではないが、それでももう少し有能になってくれないかといつもながら、心から思う。

 自主的に勉強しようとも情報を集めようともしない。

 ただ指示を待って、言われたことをこなすだけ。

 より良くするすべを、自分で考えることもない。

(まったく……なんだってのよ。どいつもこいつも、計算しかできない機械ででもできてるわけ!?)


 いらいらとしながら仕事をかたづけていると、聞きたくもない小声が聞こえてくる。

「部長……今日も荒れてるねー……」

「少しは機嫌がいい日があればいいのにね。相談するのにいちいち顔色うかがわないといけないとか、しんどー……」

(……聞こえてるわよ)

 私は何食わぬ顔で仕事を続ける。

 陰口を叱ったところで、部下の仕事能力が上がるわけではない。

 そんなことに使う時間がもったいない。


(私の機嫌を悪くしてるのはあなたたちでしょうが! それに、私は間違ったことは言っていないわ。すべて、業務をよりハイレベルなものにするために、アドバイスをしてあげてるっていうのに、ほんとにどいつもこいつも意識が低いったら……)


 ここは食品企業の新製品開発室。

 私はそこの部長をやっている。

 自分で言うのもなんだが、女性の管理職というのは、自社ではまだまだ少ない。

 その中で異例の抜擢をされただけの仕事をこなしてきた自信はあるし、この役職についたからには、今まで以上に成果を上げて業績に貢献しなければならないと、自分を戒めている。

(それなのに、本当、ろくな部下がいないんだから……)

 

 今に始まったわけではない愚痴に対するため息を、心の中だけでつきながら、自分の仕事を淡々とこなしていく。


 と、そのとき――。


「!?」


 今の今まで座っていたデスクと、目の前のパソコンが突然消えうせた。

 とっさに叫び声を上げなかった自分をほめたいと思う。

(何!? 何が起きたの!?)

 今まで座っていた無機質なオフィスチェアーの代わりに、なにやら非常に座り心地の良い、ふかふかとした椅子に座っている。

 見れば、肘置きもつややかに磨きぬかれた高級感あふれる木製だ。

 汎用品のプラスチックだったそれとは似ても似つかない。どうみても手作業で作られた、オーダーメイドの1品。

 慌てて周囲を見回すと、間抜けな部下達もそろいもそろっていなくなり、代わりに今座っている椅子と統一感のある、アンティーク調の温かみのある調度品に囲まれてる。


「……何なのよ。どこよ、ここ!」

 さすがに動揺もあらわに私は立ち上がり、叫ぶ。

 すると――。


「いらっしゃいませ」

「……!」

 店の奥から、背の低い少女が現れた。

 ううん、背が低いだけじゃない。年齢もかなり幼いだろう。

(12~3歳くらい……かしら)

 いぶかる私に、少女は透き通った声で言った。

「菓子処、『ノン・シュガー』へようこそ」

「菓子処……? 何を言ってるの。私は仕事中だったのよ!? こんなところへ来た覚えはないわ!」

「あ、あの。どうか、落ち着いてください。ここは……」

「それに、あなた。なに、店番でもしてるの? こんな子供一人で接客させるなんて、客に失礼でしょう! 経営者は何を考えてるの!?」

 

 少女は何かしゃべっているが、知ったことではない。

 私は一刻も早く、職場に戻らないといけないんだ。

「悪いけど、失礼するわ。出口はこっちね?」

 くるりと後ろを振り返ると、唯一見える扉に歩み寄る。

 そして、ガチャリとノブを回した。

 

 ――回しただけだった。

「……どういうこと!?」

 押しても引いても、扉はぴくりともしない。

 慌てて扉に目を凝らしてみても、鍵のようなものも、ついているようには見えない。

 

 ――私は、この不思議な場所に、閉じ込められてしまったのだ。


「うそ……」

 思わず、へたり込んでしまう。

「私、もう、ここから出られないの……?」

「お、お客様。どうぞお気を確かに。お客様は、閉じ込められてなどいません」

「え――?」

 少女の言葉が初めて耳に届き、私は彼女を見上げる――座り込んでしまったので、自然と、背の低い少女も見上げる形になる。

 そんな私に、少女は柔らかい笑顔で言った。

「ここは、菓子処。お客様お1人につき、1品のみを提供いたします。その1品をお召し上がりになれば、お客様の居場所へ戻れるでしょう」

「それ本当!?」

「は、はい……多分」

「多分? 多分なんてあやふやな返事は聞かないわ! YES!? NO!?」

「お戻りになれます!」

 気をつけをして、慌てて答える少女。

「……。そう。わかったわ」

 ふうっと、私はため息をつく。

 なんだかわけのわからないことに巻き込まれたみたいだけど、帰るすべがあるなら、とにかくそれでいい。

「じゃあ、とにかく早くその1品とやらを持ってきて!」

「は、はい! かしこまりました!」

 私の剣幕に押されたように、少女は奥へと小走りに駆けていった。


***


 はあ……び、びっくりしました。

 どうやら今回のお客様は、かなり気の強い方のようです。

 せっかちでもいらっしゃいますね。

 しかしそれも、残してきた場所に、大きな責任を感じているがゆえに……でしょうか。

 

 お客様の要望にはお答えせねば。

 あの方には、ぴったりの1品を。

 超特急でお届けしましょう。

 お客様のために。

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