第10話スフレ(中編)
かっこいいお姉さんにめでたくご注文をいただき、厨房に戻って、さて、私は考えました。
今ある材料は、卵、牛乳、砂糖、そして薄力粉。
……少ないです。相変わらず、ラインナップのしょぼさは否めません。
うーん、これで何がつくれるでしょう?
薄力粉は手に入ったものの、バターも生クリームもなしでは、普通のケーキは難しいです。卵から作れるもの……カスタードクリーム……メレンゲ……。
! そうだ、そうです。
今日のメニューは、あれにしましょう。
メレンゲをたっぷり使った、ふわふわメニューです。
***
まずは卵を卵白と卵黄に分けて……。卵白を泡立てましょう。
途中でお砂糖を加え、さらに泡立てます。ツノが立つまで、しっかりと。
よし……こんなものでしょうか。充分にメレンゲがたったら、卵黄とあわせてヘラでさっくりと混ぜます。このとき、せっかくのメレンゲの泡をつぶしてしまわないように注意ですね。
薄力粉はダマにならないようふるい入れ、こちらもさっくり混ぜましょう。
均一に混ざった生地を器に流し込んだら、余熱をしておいたオーブンで焼きます。
うん、素敵な匂いがしてきました。
焼きあがったら、熱いうちにお客様に提供しましょう。
このメニューはスピード勝負です。
***
「お待たせいたしました」
「うわ……いい香り。出来立てね? それに、かわいい!」
白い陶器の器から、大胆にはみ出て、こんもりと、もこもこと、生地が立ち上がっている。極厚のパンケーキのような見た目だ。
見るからにふわふわとして、スプーンを差し込まれるのを今か今かと待っているように、誘われる。
「スフレでございます。熱いので、お気をつけてお召し上がりください」
「美味しそう……いただきます!」
大きく膨らんだその生地に、そっとスプーンを差し入れる。
「わあ……柔らかい」
それはまるで羽毛のように、何の抵抗もなく匙を飲み込んでいった。
持ち上げたそれは、ふわりと軽く。
口に含むと――
「! すごい! しゅわしゅわ~って溶けちゃう!」
舌に触れた瞬間しゅわっとなくなる、驚くほど繊細な口当たり。
とろけた生地は、後口はしっとりと。
小麦と卵の香り、そして優しい甘さが余韻となって残る。
ボリュームはあるのに少しも重たくなく、ぱくぱくと食べてしまう。
スプーンがとまらない。
「こんなに大きいのに、食べ足りないくらいだわ……」
そうして食べ進めているうちに、私はふと気付いた。
大きく盛り上がったスフレの山。
それが、すこしずつ、沈んできている。
「あれ、すこし、しぼんできた……?」
「ええ、それが、スフレは焼きたてが最も美味しい理由です」
「焼きたてが……」
「スフレには、メレンゲを使っています。よく立てて、たくさんの空気を含んだメレンゲを、これでもかと言うほどたっぷりと。その空気が、独特のふわふわでしゅわしゅわの食感を作り出してくれるのですけれど……」
少女は身振り手振りで空気の様子を表してくれる。とても可愛い。
「空気は、温めると膨らみます。ですが逆に、冷えると縮みます。さめてくることによって、中の空気が縮み、生地もしぼんでくる。ですから、スフレは温かいうちが最も、その食感を楽しめるのですよ。鉄は熱いうちに打て! みたいなものでしょうか?」
「あはは。そのことわざは、ちょっと違うんじゃない? ――でも、鉄は熱いうちに打て、かあ。」
「人の想いも、少し似たようなところがありますよね。時にあふれるような、はじけるほど膨らんだ想いに突き動かされて――でも、迷っているうちに、熱い想いはしぼんでしまう。しぼんだ気持ちは、もう戻らない」
「――」
息を呑んだ。
まさしく――今の私の気持ちを言い当てられたような気がしたから。
「……そうね。本当に、そうだわ。私も、そういうこと、あるから。よく分かる」
「お客様も? すごくかっこよくて、何でもきびきびこなしているように見えますのに」
「それは、そう。そう見えるように、私は努力しているから。……でもね、それが逆に。女々しいところや、感情にまかせるところ、そういったものを、私は、身近な人に見せるのがこわい」
「……」
「今も、気になる子がいるんだけど、仕事以外では、ほとんど話もできなくて……。仕事ですら、厳しいことしか言えない始末。これじゃ、向こうからは良く思われなかったとしても、無理はないわね」
「……」
「でも。あなたのお菓子を食べて、思ったわ。……最後に残った生地はちょっとべったりとして、濃厚でこれはこれで美味しかったけれど、最初に感じた、はじけて消えるようなキレのよさはなくなっていた。きっと私の想いも、熱いうちが魅力。冷めてしぼんで、べたべたになってしまった感情なんて、私らしくないわ。いつでも、はちきれるように、希望に胸を膨らませた私でいたい」
「お客様には、それが似合っていると思います」
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