第18話不思議な来客

「……ふう。これで後片付けも終わりですね」


 本日のお客様を迎え終えて、明日の仕込みも終わり、お仕事終了です。

 ここでの生活にも、だいぶ慣れてきました。

 ――相変わらず、記憶は一向にもどりませんが。

 それでも、ここを訪れるたくさんのお客様たちとお話していると、毎日いろんなことを感じます。

 ときおり、記憶の片鱗を感じることも……。


「いつかは、戻るんでしょうかねえ……」

 最近では、なんだか、こんな毎日にもなれてしまって。

 案外嫌ではないというか。

 それなりに、楽しさを覚えてしまっている自分もいます。


 そんなことを考えていると――。

 チリン。

 ベルが鳴って、扉が開きました。


「こんにちはっ」

「あ……い、いらっしゃいませ!」

 こんな時間に珍しい、そう思いながら慌ててお客様をお出迎えすると、

「へえ。今度の子はまたずいぶん幼いね~。でも、とっても美人だ!」

 入ってきたお客様の、そんな第一声に私は驚きました。

 なんでしょう、この方は。

 25歳ほどでしょうか。男性です。耳の下ほどに伸ばした、柔らかくウェーブした栗色の髪。中性的な、優しげな顔立ちは、普通に出会えば見惚れていたほどに整っています。

 でも今は、見惚れるどころではありません。


「あ、ごめんごめん。急に。びっくりしちゃったよね。大丈夫。怪しい者じゃないから。新しいお店が開いたって聞いて、ずっと見に来ようとは思ってたんだよー。でも、なかなか機会が無くてね。ようやく新しい店員さんに会えた。よろしく!」

 いえ、そのテンションは、充分怪しいです。

 警戒心がわきます。

 というか、そもそも――。


「なぜ、このお店のことを知っているのですか? ……普段のお客様は皆様、最初はこのお店のことを不思議に思われます。あるはずの無い場所にあったり、自分がいるはずのないところに、突然いることで。でもあなたは――」

「あれ? あいつに何も聞いてない? そうかー、しまったな。何も言わずに来ちゃったからな。まあ、いいか。そろそろ来る頃だろうし」

 突然の入ってきた方は、そう言いながら、勝手知ったる様子で、席に着きました。

 あいつ? あいつとは、一体、誰でしょう。


 私が混乱していた、その時。

 チリン。

「よお、シュガー。邪魔するぜ――って、おいおい。何してんだ。フィン。勝手に上がりこみやがって」

「やあ、お邪魔しているよ」

「ウロさん!」

 ウロさんの登場です。


「この方は――ウロさんのお知り合いなのですか?」

「ん。まーな。知り合いっつーか、腐れ縁っつーか」

「ウロさん、ね。彼女にはそう呼ばせてるんだ」

 なんでしょう、男性――フィンと呼ばれたその方は、意味ありげな微笑んでいます。


「そーいうこった。シュガー。こいつはフィーニス。なげーんで、俺様はフィンって呼んでるがな。ま、俺様の同業者みてーなもんだ」

「シュガーちゃん……ねえ。きみは相変わらず、見もふたも無い名付けをする。こんな可愛い子に、かわいそうに」

「ししっ、おめーに幼女趣味があったとは知らなかったぜ。――で、おめーが来たってことは、その時期かい?」

「ああ。彼女もだいぶここでの生活に慣れてきたようだからね。そろそろ、顔合わせもいいだろうと思ったんだよ」


 ……お二人は、いったい何のお話をしているのでしょう。

 なんだかとんとん拍子に話が進んでいるようですが――

 私はさっぱり分からず、ぽかんとしてそれを聞いています。


「ほらほら、きみが何の説明もしてあげないから、彼女があっけにとられているよ」

「俺様のせいかよ。おめーが自分で言えばいいじゃねーか」

「まあ、僕でもいいけどね。でも、彼女を最初に導いたのはきみだろう?」

「だから教育者の役割は俺様ってか? ちっ、まーいーけどよ」

 ウロさんはくるりと私を振り向きます。

 そしてフィーニスさんを指差しました。いえ、蛇さんですから、指はないのですけれど。 


「シュガー、今日はこいつについて行け。別の店に案内してくれらあ」

「別の店……?」

「こんなふうにお店をやっているのが、きみだけだと思った? 自分と同じように、こんな不思議なお店を開いている人が、他にもいるかもしれないとは思わなかったかな?」

 フィーニスさんの言葉に、私は動揺しました。

 考えたこともありませんでした。

 でも――確かに。

 私がここでこうして働いている以上、他にも同じような環境にある人がいないと、どうして言えるでしょう。


「それじゃあ、別のお店っていうのは……」

「ああ。俺様が鱗を回収してるのは、別にシュガーだけじゃねえ。他にも回っている店はある」

「僕も定期的にそれぞれの店を回っていてね。今日はきみと同じようにお店をやっている、店長さんを紹介してあげにきたんだよ」

「紹介……ですか? あの、その、でも。どうして」

「店長さん同士、交流することで益もあるからね。なんでって、みんながみんな、きみと同じように菓子屋をやっているわけじゃない。専門分野が異なれば、学べることもあるでしょう」

「そうやってより良い店を経営してもらえりゃ、俺様としても効率よく鱗集めができて助かるって寸法だな。ししっ」

「そういうわけで、どうかな。これから、きみを案内するっていうのは」

 と、言われましても。

 いきなりの話で、私には、どうもこうもありません。


「大丈夫。会いに行くのは、優しいお姉さんのところだから」

「あん? じゃああれか、行くのはティーのところか」

「そう。シュガーちゃんにはちょうどいいでしょう? ――まあ、どうかなっていうか」

 そういって、フィーニスさんはにっこり笑いました。

「僕はもう連れて行くって決めてるから、ついて来てもらうんだけどね」


***


「……えっ、ええっ!?」

 フィーニスさんに手を取られ、瞬きをした途端、気付けばそこは、店内ではありませんでした。

 知らない場所です。

「道案内をさせてもらったよ。きみ一人では、迷子になってしまうからね。それより――見てごらん」

 目の前には――。

「ふわあ……大人っぽいお店です……」

 そこにあったのは、黒の外壁と、ガラスでつくられた外装。ところどころ張り出す小屋根もあいまって、一見ジュエリーのお店のような、シックで落ち着いた店構えの建物でした。

「きみのお店とはまたずいぶん印象が違うだろう? お店は、店主の影響を強くうけるからね。これがそのまま、店主の個性と言うか、持ち味を表しているってことだ」

「シュガーの店とは大違いだなあ? ししっ」

 声を聞いて、ウロさんもついて来てくれたんだなあと、振り向いた私は仰天しました。


「どっ……どちら様ですか? あなたは」

 そこに立っていたのは、漆黒の髪をうなじの辺りで一本に結んで垂らした、十代後半くらいの細身の青年が立っていました。

 黒髪は男性にしてはひどく長く、背中をするすると流れています。

 まるで蛇のように。

「あん? あー、おめーの前で姿変えるのは初めてだったか。んな驚いてるんじゃねーよ」

 いえ、驚きますよ、それは。

「あんなぬいぐるみみてーな姿が本体なわけねーだろーが。てか、ぬいぐるみが喋るかよ」

 それは、私も初めに驚いたところですが。


 そう思いながらも口に出す間もなく、私はぽかんとウロさんを見ています。

「まー俺様にとっては外見なんざ、どーとでもなるんでな。この店の店主――ティーは、こっちの姿の方を好むんだよ。人間型じゃなけりゃあ、気にいらねーってうるせーんでな。これで行くわ」

 まだ動揺はしていますが――それはさておき、ということは。

 私には、ぬいぐるみの姿がちょうどいいと思われたのでしょうか。

 それはそれで、子供扱いされたみたいで、微妙に複雑です……。

「それじゃあ、入ろう。紹介するよ」

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