第30話偽物の金取引、その2

 俺は小野田の右太ももにナイフを刺した。小野田は身体からだをねじるように飛び上がった。それでもスポーツバッグは離さない。そして片膝かたひざをついて痛みに耐えているようだった。しかし、すぐに立ち上がりこちらを向いた。右足を引きずっている。

 俺はナイフを落としそうになった。人にナイフを刺し慣れていないのだ。人の肉体、少なくとも太ももは意外と柔らかくなかった。


「何すんだよ!?」

「ナイフで刺した」


 俺と小野田は一定の距離を保ちつつお互いに身構みがまえる。小野田がスポーツバッグを地面に置く。

 駐車場沿いの道路を三台の大型バイクと一台の車が無音むおんで、しかも無灯火むとうかで走ってきた。そして駐車場に侵入するなり三台の大型バイクと一台の車は大きなエンジン音をひびかせヘッドライトを点灯てんとうさせる。どうやら大型バイクと車は、前もって加速し、エンジンを切ってここまでしのって来たらしい。


 三台の大型バイクが駐車場でそれぞれ思い思いにアクロバット走行をしている。DNAに傷をつけられそうな爆音。大型バイクと共に現れた車は赤のワゴンカーで大人しくまっている。


 小野田が大型バイクに気を取られているすきに俺は彼にりをくらわせた。小野田は後ろ向きに倒れたが俺も尻から地面に落ちた。そしてやはり持ち慣れていないナイフをとうとう落としてしまった。ナイフは、俺の意図いとせぬ方向へ、アスファルト上を回転しながらすべっていく。俺と小野田は走り、それを恥ずかしげもなく追いかけた。


 ナイフを拾おうとした俺を小野田が足蹴あしげにする。俺はころびながらナイフを遠くに投げた。アスファルト上を回転しながら滑っていくナイフを再び追う俺と小野田。


 小野田ははしゃぎながらナイフを拾い上げる。まるでバカな子供だ。ナイフをかかげニヤリと笑う。

 俺は立ち止まる。今度は小野田が俺に飛び蹴りをしてきた。右太ももの刺し傷は気にならないようだ。またしても俺たちは地面に倒れた。なんか俺たちのバトルは無駄な動きが多い。本当の乱闘らんとうとはこういうものか。

 小野田が立とうとした俺の上にのしかかってきた。ひるむ俺に馬乗うまのりになる小野田。ナイフのを握った小野田の右手が俺のほおを殴る。脳みそが震える。


「死ね!」


 上から小野田が俺に両手でナイフを振りかざした。

 その時、俺と小野田を照らす光。小野田がうろたえて俺の上から逃げ出す。見ると小野田が乗ってきた黒い車がこっちに突っ込んでくる。俺は身体をゴロゴロと回転させ車をかわした。


「俺を殺す気か!?」

 そう叫びながら小野田は偽物のきんが入ったスポーツバッグをつかみ取り車の助手席に乗り込む。持ってたナイフはアスファルトの上に投げ捨てた。派手な金属音。俺は不格好ぶかっこう中腰ちゅうごしでナイフを拾う。


 その時、黒い車を三人の男が取りかこんだ。それぞれ金属バットを手にしている。大型バイクに乗ってきた連中だ。彼らが小野田と相棒の乗った黒い車を金属バットで乱打し始めた。三人は D−7の連絡係に違いない。デニム、レザーのベスト、バンダナ、ロン毛、ヒゲ、まるでヒッピー。


 激しい衝撃音しょうげきおんと共に一台の車が見る見るボロボロになっていく。中の男たちはパニックになっている。フロントグラスやドアグラスも粉々にくだけ周囲に散らばった。やがて三人の男たちは腰に下げていたペットボトルのようなものを手に取り、キャップを開けて中の液体を車にかけ始めた。三人のうち一人が車体前方のバンパーを金属バットでまくり上げるようにたたきエンジンルームをあらわにする。そこにも液体を満遍まんべんなくかけた。


「助けてくれ!」車の中から叫び声がする。

 エンジンルームに、運転席に、トランクルームに、三人のヒッピーがそれぞれ火のついたジッポライターを投げ入れた。そして車から走り去る。

 閃光せんこうと爆発。


 燃える車を背に、三人のヒッピーが俺のもとに来た。俺はナイフをシザーケースに仕舞しまう。

「あの赤い車に乗れ、鈴木屋コンツェルンのCEOが待っている」

 三人の中のリーダー格のヒッピーが強い口調で言った。

 そして、すべての大型バイクはヒッピーとともに駐車場から去って行った。エンジン音が耳の中に余韻よいんとして残る。

 ことの成り行きを見守るように駐車場の奥に停まっている赤いワゴンカーに向かって、俺は歩き出した。途中振り返ると一台の車がとても美しく燃えている。中には二人の遺体があるのだ。あと、金メッキの鋼材こうざいと。

 俺は親父の不始末ふしまつをナイフとフォークで見事に完食した。


 とはいえ殺人に関与したのは初めてだ。

前途多難ぜんとたなんだな」

 俺は赤いワゴンカーの前まで来て独りごちた。

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