第16話愛することを憎め、その1

ーーーあなたは私の息子ですか? 父ですか? 元気ですか?

 今朝、俺のスマホにメッセージが届いていた。差出人がわからない。SNSではなくメールでだった。親父おやじからだろうか。親父はネットでのコミュニケーションは嫌っていたはずだ。それともいよいよ親父もスマホデビューか。あの男何やってるんだ。俺はこれからあいつの尻拭しりぬぐいをしなければならないというのに。俺は確認のメッセージを親父の内縁ないえんの妻、麻由まゆさんに送った。


 ジェリービーンズタウン中心部への通勤通学には困らない場所にある住宅街に、マンションが建っている。屋外おくがいにある黒い金属製非常階段は塗装とそうがれ、さびが目立つ。汚れたブラウンの壁、上部に「Dー7」の文字。目の前の駐車場に大型バイクが三台並んでいる。


 例の売春組織がこのマンション一棟いっとうで成り立っている。俺はリーダーであるマネージャーのキリトという男に会いに来た。どこか別の場所で接触する方が良いのではないか、と俺は提案した。しかし、脅迫メールが届いて以来、売春組織は休業状態なのだという。上層部は、店じまいする潮時しおどきなのでは、と閉店の検討けんとうを始めたらしい。

ーーー今、D−7は普通のマンションだよ。

 先日、キリトはメールでそう伝えてきた。


 天気はくもっているが珍しく蒸し暑い。まだ夏は遠いというのに歩くと汗が吹き出る。すでに半袖シャツが湿しめっている。昼までに仕事を終わらせてしまおう。


 古いマンションはオートロックでもなく管理人もいないため俺はフリーパスで中に入った。こんな安っぽいセキュリティーでよく警察にバレないもんだ。足の下は黒い石目調いしめちょう床材ゆかざいおおわれている。壁と天井はくすんだイエローのコンクリート。壁面上部に一定間隔で球形の照明器具がやわらかい光を発している。


 エレベーターがない。俺は階段で一番上の五階へ上がった。今朝飲んだ味噌汁と緑茶が汗となって肉体から吹き出す。屋内おくないは空気がこもっていた。キリトは最上階の部屋にいると聞いている。


 俺はキリトがいるという505号室のドアの前に立った。

「愛することを憎め、憎むことを愛せ」

 ドアの目の高さには黒のマジックペンによるイタズラ書きがある。


 俺はインターフォンのボタンを押した。

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