第17話愛することを憎め、その2

堕落だらくした私にはぴったりな仕事だった」

 キリトは権威けんいを見せつけるような高級オフィス用椅子に深くすわり、両足を重ねて漆黒しっこくの木製デスクの上に乗せていた。

「私はこの娼館である D−7、つまりディーセブンをマネージャーという肩書かたがきで取り仕切しきってる、と言ってもようはトラブルシューティングだ」

 事務所として使用しているリビングルームには俺とキリトの他に瑛太もいる。瑛太は本棚の本を確認しながらダンボール箱に入れ、荷造りしていた。紙の本は歴史書や経営戦略本が多い。事務所は近いうちに引っ越すようで三人がいるリビングルームには家財道具とダンボール箱が渾然こんぜんと積み上げられていた。


「キミに、正式に依頼するよ。私たちと恐喝犯の仲介役になってくれ」

 キリトは神妙しんみょうに言った。


「あ〜ぁ、やっぱりマッシュが乗り出すんすか」

「ふふふ、いやか?」

「俺は気に入らねぇっす」

「オマエにはマッシュの下で働いてもらう」

「うへぇ〜、ツイてない」

 瑛太がゴネてキリトが余裕をかます。


「キミの評判は聞いてるし私も十分わかっているつもりだ」

 俺はハウスダストが舞う室内でソファーにすわり、思いのほか美味いコーヒーを飲みながらキリトの話を聞いていた。遠くで救急車のサイレンが聞こえる。

「ボスの周辺では D−7を店じまいしようとしている。今回の事件が起きて違法ビジネスを止める潮時しおどきだと感じてるんだ」

 キリトが寂しそうに続ける。

「終わり良ければすべて良し、キミの力で一切金を払わずに顧客データを取り返してほしい」

 キリトがデスクから足を下ろした。椅子にすわり直しキリトが言う。

「頼むよ、マッシュ君」


「ところで D−7のボスってどこの誰なんだ?」

 俺は順番通りにわからないことを質問した。

「 D−7を作ったのは鈴木屋すずきやコンツェルンの御曹司おんぞうしだよ、今、大学生だ。その鈴木大介がボス」

 重要な秘密をキリトがつらつらと白状する。鈴木屋コンツェルンとは俺たちが住む第九諸島連邦国だいきゅうしょとうれんぽうこくが大震災に見舞われる前、ブラウン管テレビの大量生産をきっかけに財を成した財閥ざいばつだ。今では全国に製鉄会社、製薬会社、家電会社、自動車会社、商社などを展開してる。

「D−7の娼婦でルリという女が殺されたじゃないか。彼女の死とボスが関係しているという噂を聞いたのだが、知ってる?」

「ボスは殺しはしないね。女を誘拐はするけど」

 瑛太が分厚い紙の本を選別しながら言った。

「なんだそれ? どういうこと?」

「ジェリービーンズタウンで金曜の夜起きる女性誘拐事件の犯人はボスなんだよ。鈴木大介っすね」

 瑛太が俺に上から目線で極秘事項を教示きょうじする。なんか偉そうだ。

「そもそも動画配信サイトを使った売春組織を思いついたのがボスだったんだ。当時高校生だよ。それを彼の使用人が私たちを集めて具現化ぐげんかした。実質的な経営はボスがやってた。曲者くせものだ」

 キリトがそう言いながら本棚の前にいる瑛太に近づき、続けた。

「それにボスは女に対して特別な思い入れがあるようだ。私の元に恐喝メールが届いてからボスは女を誘拐するようになった」


「本当に殺しはしていないのか?」

 スミレの悲しい顔が浮かび、俺はしつこく二度聞いた。

「鈴木屋コンツェルンはここ第九諸島連邦国全域に及ぶ権力を持ってる。警察に圧力をかけることもできる。なんならボスが裏から病院に手を回して死亡診断書だって偽造できる。わざわざおおっぴらに殺人事件なんて起こす理由がない。ボスなら殺人事件なんていくらでももみ消せるんだよ」

「だったら売春組織がバレることを恐れる必要だってないじゃないか」

「世間の目というものがある。鈴木屋コンツェルンに反感を持ってる貧乏人も多いしな。D−7の話がおおやけになったら警察も動かざるをえない」

 俺の素朴そぼくな疑問にキリトは明確に答えた。返す言葉がない。


「これ全部リサイクルショップへ持って行かねぇすか? これから本はタブレット端末で読みましょうよ」

「うるさい、俺は紙の本が好きなんだよ」

 本棚の前で瑛太とキリトが極平凡ごくへいぼんな日常会話をしている。それを聞きながら俺は D−7のことより殺されたルリのことを考えていた。雨の山林でたった一人血まみれになり発見されたかわいそうなルリ。


「しばらく誘拐事件は起きないだろう」

 キリトが何気なにげなく言った。

「なぜ?」

 俺はあわてて聞いた。

 今日、色いろな情報が耳から入ってきてなかなか整理ができない。その俺を笑うように横から瑛太が答えた。


「ボスの自宅にある地下誘拐牢ちかゆうかいろうが女で満室なんだよ。今、空きがないんす」

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