第18話愛することを憎め、その3

「なにカッコつけてんだよっ!?」

「えっ」

「早く乗れ」

 俺は瑛太が調達ちょうたつしたセダンタイプの車の横でスマホをチェックしていた。瑛太はその俺が気に入らないらしい。Z−7の駐車場には娼婦たちの愛車の他に、俺と瑛太がたった今乗った車と中型トラックがまっている。中型トラックには運転席に一人と荷台に三人の若い男たちがいた。何人かが自分の未来を占うように曇天どんてんを見上げている。


 最近、気象衛星やスーパーコンピュータのおかげで天気予報はよく当たる。夜になるまで仕事を終えなければ雨にれることになるだろう。俺たちは強い風の中、目的地へと出発した。


 ジェリービーンズタウンという街は粘着質ねんちゃくしつである。

 こういう都市伝説がある。30年前、ある男が観光のため大陸から第九諸島連邦国のジェリービーンズタウンに来た。男が目指しているのはジェリービーンズタウンを代表する観光地であるソクラテスタワーだ。しかし、男にとってジェリービーンズタウンは複雑すぎた。言葉も通じず孤独な旅行者であるその男には脳内情報伝達経路のうないじょうほうでんたつけいろのように入り組んだ無数の道はもはや迷路である。男が目的地へたどり着くのはヤン–ミルズ方程式と質量ギャップ問題を解決するより難しい。現在もその男はタワーを見つけられずジェリービーンズタウンをさまよっているという。

 決して昔ではない某日ぼうじつ、ある女が暗い夜道で世捨よすにんのような老人に追いかけられた。そして女は老人に捕まり「ソクラテスタワーはどこだ?」と詰問きつもんされた。老人の顔は苦悩にゆがんでいたそうだ。

 30年前、期待に胸をおどらせてジェリービーンズタウンにへやって来た観光客のれのてである。

 

 たくさんの家がごちゃごちゃとつらなる住宅街を車で走る。運転席には瑛太、助手席に俺、後ろからは中型トラックが続く。

 車内は音楽のたぐいは流れておらず、静かだ。瑛太は運転に集中している。


 後ろに流れる車窓の景色は雲により太陽光線がさえぎられ、明るくない。俺もジェリービーンズタウンから出られなくなった旅行者のような気分になった。もしかすると俺は、俺自身の内的心理世界ないてきしんりせかいに迷い込んだのかもしれない。


 俺は心の中で出口を探しながら、昨日のことを思い出していた。




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