第19話愛することを憎め、その4

 俺は、運転する瑛太の隣で車に揺られながら昨日のことを思い出していた。


 いつの間にか瑛太は本棚の前に座り込み、紙の本である歴史書を読みふけっている。すでに本棚の本は歯が抜けたようにまばらで多くがダンボール箱に移し替えられている。

 娼館しょうかんマンションの D−7、その事務所である一室に、俺、キリト、瑛太がこもって作戦会議を開いていた。動画投稿サイトを利用した売春組織の顧客データが外部にれた。それをネタに恐喝犯きょうかつはんが金銭を要求している。売春組織 D−7と恐喝犯の仲介役ちゅうかいやくに俺が選ばれた。室内は引越し準備で雑然ざつぜんとしている。たくさんのダンボール箱の中から忽然こつぜんと立っているスタンド式のフロアランプが捨てられた女のようだ。


「顧客データが漏れたのはボスの自宅からだろう、ここにあるパソコンにその手の情報は入っていないんだ」

「原因究明は後回しでいいよ。今後のこと考えよう」

 俺はテキパキとキリトをうながした。キリトは部屋のすみのテレビの乗っていないテレビ台に腰かけている。

 

「で、俺は何をすればいい?」

「金銭交渉だ」

 俺が話を進める。テンポよく答えるキリト。

「私たちとしてはなるべく恐喝犯に金を払いたくないんだよ。それでなおかつ顧客データを取り返したい」

「それはあっちだって同じだよ、向こうにすれば仲介役の俺を通してできるだけたくさんの金をふんだくりたいんじゃないか?」

「でも、キミは恐喝犯の味方をするつもりではないんだろう?」

「確かに。あんたらと敵対てきたいするには仲良くなりすぎた」

「それはあっちも承知しょうちの上だと思う」

「じゃあ、なぜ俺を?」

「都合がいいんだろ。第三者で弱みもにぎってるし。恐喝犯はあんたのこと笑ってたぜ」

「俺の親父か?」

「そういうことだ」

 売春組織である D−7の顧客データに俺の親父の名前があったことで面倒なことに巻き込まれている。おそらく親父はそんなことも気にかけず、バリバリ仕事の最中だろう。今も自らが経営する葬儀屋で誰かさんの死をとむらっているに違いない。


「でもこの恐喝犯は頭が悪い。脅迫状のメールに送り主の本名が書かれている」

 そう言ってキリトは分厚ぶあつい紙のたばを取り出した。なぜこの男はこんなにも紙が好きなのだろう。そのキリトが続ける。

「こっちで調べたら恐喝犯の素性すじょうがわかったよ。小野田圭太32歳、元暴力団組員、三ヶ月前まで駐車場の管理人をしていた、現在生活保護を受けている。巨乳、SM好き」

「よくわかったね」

「こっちが独自に入手したアダルトサイトの顧客リストに彼の個人情報があった」

「ははは、そいつ確かに頭悪そうっすね」

 瑛太がヘラヘラと口をはさんだ。

「ちなみにオマエもその顧客リストに載ってるんだぞ」

 キリトが瑛太に突っ込む。

「ははは、他人のこと言えねぇじゃねぇか」

「あ、マッシュも載ってるから調子に乗らないように」

「ちっ」 

 俺もチャチャを入れたが見事にくぎを刺された。


 だが、ふざけてばかりもいられない。俺はあるプランをキリトに提示ていじした。

「小野田の住所もわかるんですね」

「ああ」

「じゃあ金銭取引する前に D−7の顧客データを取り返してきましょう」

「どうするつもりだ?」

「小野田の自宅を急襲きゅうしゅうして家財道具すべてを押収おうしゅうしてきます」


 ……俺は車の中で、昨日の記憶を引き出しの中に仕舞った。

 高台の通りを高速で移動しながら西を見ると、遠くにもやがかかっている。雨が近い。  

「俺、なにやってんだろ……」

 俺はふと冷静になった。子どもの頃、科学者になりたかった夢を思い出した。「パパの尻拭い」

 となりで車を運転しながら瑛太が嘲笑あざわらう。

「ふん」

 俺は目の前にある落とし穴を無視した。

 

 俺と瑛太が乗った車が坂を降りた。周囲は一戸建て住宅の数が減り大きな建物が増えてきた。目的地は小野田の自宅マンションだ。

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