第23話ソクラテスタワーでの嫌な予感、その1

「なぁなぁ、マッシュくんのお父様は一体どんなかたなんだい?」

 小野田は明らかに俺をおちょくっていた。


 ジェリービーンズタウンの中心部にソクラテスタワーはある。高さ425メートル、えんぴつに近い円錐型えんすいけいで、全裸の女性に例えると、のどあたりに展望台がある。あ、全裸の女性に例える必要はなかったか。

 大震災後、鈴木屋コンツェルンが国の補助金を利用して、ジェリービーンズタウンの復興ふっこう象徴しょうちょうを作ろうという意志のもと、プロジェクトが立ち上がった。ソクラテスタワーは、デザインを設計した建築士の父親が有名な現代思想家なのでそう呼ばれるようになった。

 ソクラテスタワーが完成した時、第九諸島連邦国は国を挙げてお祭り騒ぎをした。我々は大災害から完全に立ち直ったのであるというわけだ。

 高層ビルが乱立するエリアでもひときわ高くソクラテスタワーは存在する。国の内外から人が集まる。それでもジェリービーンズタウンの住人は意外とソクラテスタワーを訪れない。俺も今日、初めてここに来た。有名観光地とはそんなものかもしれない。

 

 今、俺と小野田はソクラテスタワーの展望台にあるカフェでコーヒーを飲んでいる。ウィークデイなのに老若男女ろうにゃくなんにょで混雑している。俺はセンスのいいSF映画のセットの中にいるような気分。円盤型えんばんがたの施設なので、展望用ウィンドウが並んだ円周えんしゅうの外側の壁は、遠くを見るほど円周の内側の壁に隠れていく。自ら歩いて行かないと先が見えない。まるで人生そのもの。

 カフェは、インテリアというものから庶民感覚しょみんかんかくいだようなテーブルや椅子などで構成されていた。それらは炭素繊維たんそせんいと特殊ガラスでできている。近代的なデザインが視界を占めるが、おおむねハートフルでもある。おそらく子供が店内を走って転び、どこかに体をぶつけても決して怪我けがなどしないだろう。


「売春組織の顧客データにるくらいだから、さぞかしユニークなお父様なんだろうねぇ」と、小野田がほがらかに笑う。

 ここの店のブレンドコーヒーはとても美味しいようだ。目の前の小野田の飲み方がそれを示している。俺はそれを確認するように注文したカフェラテを飲んだ。確かに美味い。


「俺を忘れたとは言わせないぞ」

 一転、笑顔を消し、小野田が右手人差し指で自らの曲がった鼻を指し、気味悪くささやくように言った。

 とてもじゃないが冗談で、憶えてないよ、とは言えない空気だ。話を聞くと小野田は、昔、いざこざで俺が頭突ずつきをくらわせた暴力団員の男だということだ。確か商店街の夏祭りでの出来事。

「オマエを殺してやりたいくらいだ」

「殺さないんだ」

「当たり前だ、俺が損をする」

「……そうか」

「殺されたいのか!?」

「いや、どうせ殺されるなら相手は美女がいいなって」

「……なんだ、その言い方、余裕ぶっこきやがって!」

 どうも俺はある種の男たちを激怒させる悪いくせがあるらしい。


 小野田はひものついたストップウォッチを首から下げている。怒り心頭しんとうの小野田は自分を落ち着けるように深呼吸をして右手でそのストップウォッチを確認した。そして残りのコーヒーを飲み干す。

「そろそろ時間だ。こっちに来い」

 小野田は立ち上がり、すぐそばの高さ380メートルから外を展望できる大きなウィンドウに近づいた。俺はとぼとぼ小野田について行く。どうもこいつといると気が滅入めいる。なぜだろう。


 二人でウィンドウの前に立つ。俺がもし巨大怪獣になったら大統領にこう直訴じきそするだろう。「ぜひとも私にこの街を破壊させていただきたい」と。目の前にそんな美しくもはかなきジェリービーンズタウンが広がる。全体的にグレーで一つひとつの建物はレゴブロックでできてるようでもある。空気が汚れているのだろう、遠くはよどんでいて見通せない。

 

 それらを一望しながら俺はとても嫌な予感がした。 

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