第24話ソクラテスタワーでの嫌な予感、その2

 ガラスをへだててあっち側にジェリービーンズタウンの街並み、それをのぞむこっち側の俺と小野田。その二人の目の前には一本足の有料双眼鏡ゆうりょうそうがんきょうが立っていた。見ると一定間隔いっていかんかくで、有料双眼鏡が展望台から外ににらみをかせている。小野田が藍色あいいろのジャケット内ポケットから財布を取り出し、そこからクレジットカードを抜いて、有料双眼鏡の横にした。LEDのランプが赤から青に変わる。すぐ隣ではソフトクリームを舐めながらカップルが笑顔でトークしている。


「オマエのお父様、クズな」

 首から下げたストップウォッチを見ながら小野田は双眼鏡をのぞいた。

「去年の夏、オマエのお父様は……11歳の少女といっしょに人食い鮫半島へ3泊4日の旅行に出かけている」

 人食い鮫半島とは島の南端なんたんにある有名なリゾート地だ。一年中気候が温暖おんだんで、一年中セレブたちが集まり、一年中パーティーがおこなわれていると話しに聞く。

 「クラシックホテルのスウィートルームで何をしてたんだか」

 小野田はレンズを通して街の風景から何かを探しながら、言った。

「いいとしして」

 スウィッチの音がして双眼鏡のフォームを固定したようだ。小野田が顔を上げる。そして俺を真正面から見据みすえて、こうトドメを刺した。

「おぞましい」

 さすがに俺はうんざりした。こうして、赤の他人から実の父の具体的な性生活を聞かされることが、陰湿いんしつなダメージを食らうということを初めて知った。要するに気持ちが悪いのだ。おぞましいか……確かに。


「オマエらから大金をふんだくって曲がった鼻を整形するんだ」

 小野田があごで双眼鏡をしめした。

「面白いもの見せてやる」

 戸惑とまどいながら俺は双眼鏡に両目を当てた。目の前の暗闇の中に横長の四角い画面が見える。そこには街の通りに路上駐車している数台の車が映っていた。

 爆発した。数台の車の中の一台が炸裂さくれつするように爆発した。破片の散らばり方が激しい。周辺の人々が倒れたり逃げ惑っている。遠距離の出来事を双眼鏡で見ているので爆発音はしない。また映画のような派手な爆発ではないため、展望台にいる誰もが一切気づいていない。俺の隣にいるカップルが別の話題で爆笑している。


「鈴木屋コンツェルン自動車会社の車だ」

 確かにあの爆発した車は鈴木屋コンツェルンが売り出している最新の電気自動車だった。俺は双眼鏡から顔を離す。

「あの顧客データがおおやけになると鈴木屋コンツェルンもオマエのお父様もかなりのダメージを食らだろう」

 小野田が有料双眼鏡の横から彼のクレジットカードをイジェクトした。LEDのランプが青から赤に変わる。

「俺をめるな。俺は仕事ができる男だ」

 そう言いながら小野田は3回連続でとても不細工ぶさいくなくしゃみをし、最後に「ちくしょうめ」と付け加えた。あたふたと身体中のポケットをまさぐる。そしてスラックスのポケットからハンカチを取り出し、鼻をかんだ。

 遠くの、双眼鏡が焦点しょうてんを当てていたあたりから、黒い煙が立ち始めた。ここからは聞こえないが、外ではパトカーや救急車のサイレンが鳴っているのかもしれない。小野田はそれを微笑ほほえみながらながめている。地上380メートルから高みの見物だ。

「5億だ。俺は5億円要求する」

 小野田は俺に右手の指五本を示した。なぜか俺は小野田の曲がった鼻をじっと見つめていた。


「ちょっと待ってくれ」

 俺の腰につけたスマホ収納しゅうのうポーチがブルブルと鳴った。その場を離れ、スマホをオンにしてメッセージを確認する。

ーーー元気ですか。なぜですか。こんにちは。今朝、目覚めると、昨日は飲みすぎました。

 親父からだ。俺はガックリした。気が遠くなった。 

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