第25話イミテーションゴールド

 引越しの準備が完了した部屋には俺、キリトそしてスミレがいる。裸の部屋には長椅子と横長の飾り棚しかない。俺とスミレが長椅子に、キリトは飾り棚に腰掛けていた。それぞれの足元にはオレンジの炭酸飲料が入ったマグカップが置かれている。

 キリトが売春組織 D−7を脅迫する小野田について話を切り出した。


「小野田から私のスマホにいくつか銀行の口座番号が送られてきたよ」

「5億円払うんですか?」

「まさか」

「でしょうねぇ」


 俺は昨日のソクラテスタワーの一件からとても腹を立てていた。

 対立する両者の仲介役に俺を立てたのは小野田の案だ。だが、実際、示談金の交渉なんか当事者同士が勝手にやればいいことだ。なぜ間に俺をはさむのか?

 それは、小野田にすりゃあどうしても俺を巻き込みたかったからだろう。俺に鼻の骨を曲げられたうらみを晴らすために。その証拠に、昨日の小野田は俺の親父の恥ずかしい性癖せいへきをうれしそうに冷やかしていたではないか。それが小野田のねらいだったのだ。たとえ5億円のついでだったとしても余興よきょうとしてはよくできている。


「D−7はもう営業してないの?」

 俺はすっかり片付いた部屋を見て訊いた。

「もうダメだろうね」と、それでもキリトは暗くはない。

「不思議ぃ。別に営業上障害になるものなんかないのに、みんなめちゃって」

 スミレは思い出話をするように語った。

「違法行為って一度火がつくと燃えるな」

 キリトとスミレが共犯のよしみでイヒヒヒと笑った。

「スミレはこれからどうするの?」

「飲食店でバイト探してる。お金はあるから将来レストラン経営とかしてみたいんだ」

 俺の質問に答えるスミレは元気そうだ。


 スミレが将来の夢と希望を語っているのを聞きながら、俺は親父のことを考えていた。

 最近俺が抱えていた親父に関するモヤモヤ。

 俺は勘違いをしていた。親父のセックススキャンダルをもみ消す仕事に入れ込むことは、彼に対して優越感を抱かせる。親父とあたかも対等になったように感じるのだ。だがそれは違う。いまだに親父は強烈きょうれつな存在だ。そして俺が今やっていることは親父を超えるとうな方法ではないように思う。

 まったく、俺の親父はモンスターかよ。


「マッシュ、実は小野田との示談金の件だが……」

「なんでしょう?」

 キリトが再び D−7顧客データの話を始めた。

「奴の銀行口座に金を振り込むんじゃなく、別のプランがあるんだが」

「と言うと」

きんだ、つまりゴールドで示談金を支払うことにしたいんだ」

「なんでまた」

「そうすれば示談金受け渡し場所と称して、騒ぎを起こしてもバレないところに小野田をおびき出せる……ゴールドという金属なら銀行口座に振り込むというわけにはいかないからな」

「小野田が納得するかな」

 そう言いながらも、俺はキリトの発案に「マッシュ一枚上手アイデア大賞」を贈りたいと思った。

 キリトが受賞スピーチをするように説明を始める。

「今、遠い西の国で戦争をやっていて金相場きんそうば高騰こうとうしてる。有事ゆうじの金という言葉も最近は疑わしいが、今回の戦争に大国が巻き込まれるんじゃないかという憶測おくそくから、最近、金の先物取引さきものとりひきが騒がしい。そのことを専門用語交えて小野田に説明したら、食いつくんじゃないか。奴、ちょっとバカなところがあるし」

「なるほど」

「で、秘密の闘牛場とうぎゅうじょうみたいなところで小野田を始末しまつする」

 ふん、悪くない。俺はキリトの狡猾こうかつさに心から賛辞さんじを送った。

「実際、金は用意するんですか?」

「まさか、鉄だよ、建築用の鋼材こうざいを金色に塗る」

「いいですね、俺、交渉始めます」

「奴から D−7の顧客データを取り返すことを忘れちゃいかんよ」

「わかりました」

 俺とキリトが虎視眈々こしたんたん獲物えものねらう。


 オレンジの炭酸飲料が入ったマグカップを口の前で傾けながら、スミレが鼻歌を唄いだした。スミレはそのまま長椅子から立ち上がり明るい窓へ近づく。

「それ何の歌?」と、俺が訊いた。

「子どもの頃見てたアニメの歌」

 スミレはちょうど窓から入る光で影になり、こっちを振り向いたが表情が読めない。そしてスミレがこう言った。

「私たち、魔法は使えないんだね」

 そうだな、俺はちらりと子どもの頃を想い出し、心の中でスミレに同意した。

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