第26話リリアのために走る

 俺は大量の使用済み食器を洗っていた。

 朝食、昼食、夕食で汚した茶碗や皿を大型ボウルにめておいて、一日の終わりにまとめて洗うという方法は衛生上えいせいじょうよくないらしい。雑菌ざっきん繁殖はんしょくしやすいんだとか。しかし習慣とは恐ろしいもので、俺はついそういうやり方で皿洗いをしてしまう。3回の面倒な仕事を1回で済ますことができるからである。


 ジェリービーンズタウンで桜が満開になった日、俺はご機嫌だった。小野田との交渉が上手くいったからだ。来週月曜の深夜、郊外にあるスーパーマーケットの駐車場で5億円分のきんぼうと顧客データの受け渡しをすることにした。銀行口座を使わないで示談金を支払うことは、きんが相場で高騰していることを知らせると、小野田は興奮しながら了解した。もちろんきんは偽物だ。

 あとは視聴率の悪いテレビドラマを見るようなもの。すべては予想通りに終わるだろう。


 そんなおだやかな週末の夜、元カノのリリアからスマホにメッセージが入った。


ーーー高熱で倒れた。マッシュの得意料理、きゅうりとサバの酢のもの食べたい、すぐに看病かんびょうに来て欲しい。


 彼氏持ちのリリアがなぜ俺に? とは一瞬思った。だが見逃せない。俺とリリアとの友情はかたいのだ

 俺は部屋着を着替えた。用心のためリリアからもらったナイフが収納されたシザーケースを腰に巻く。

 あいかわらず夜のジェリービーンズタウンは血が騒ぐ。死とSEXが隣り合わせの街。遠くで救急車のサイレンが鳴る。


 俺はリリアの自宅マンション目指して、通りを走った。

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