第36話親父の憎悪と殺意

 俺と麻由さん、そしてスミレの三人は完全に野次馬やじうましていた。

 中型ジェット機なら楽勝らくしょう格納かくのうできそうな13番倉庫が黒煙こくえんきながら燃えている。

 絶え間ないサイレン。消防車が数台、少なくとも5台、が13番倉庫を取り囲んで放水ほうすいしている。数え切れないほどの救急車とパトカーも集まっていて、数カ所に救難所きゅうなんじょを作って負傷者ふしょうしゃ手当てあてしている。その周囲にさっきまで倉庫の中で踊っていたたくさんの大学生らが不安そうになり行きをながめていた。すすで顔が黒く汚れている学生も多い。次々と担架たんかで人が運ばれる。悲鳴ひめい怒号どごう


 俺たち三人は、騒ぎから少し離れた自動販売機の近くで、缶コーヒーを飲んでいた。

 日の出はもうとっくの間に過ぎていてる。郊外に住む労働者なら通勤のためにすでに電車に乗ってる時間だ。そんな時の、中心街に隣接する倉庫の大火事である。

「別に気にしなくていいよ」

「何のこと?」

「お父様との関係」

「お父様の不始末ふしまつをちゃんと内密ないみつに処理したじゃない」

「麻由さんは……何を知ってるの?」

うわさよ、あなたに関するうわさが私の耳に入ってくるの」

「あなた、今回の件、よくやってたよ」

「何もお父様に引け目感じることはないと思う」

 そうだ、俺はずっと強烈きょうれつなキャラの親父に引け目を感じていた。何もかも親父から影響を受けているという逃げ場のない焦燥感しょうそうかん。何をやっても親父の支配から逃れられないような無力感。

 つまり、親父のせいで俺の人生は行き詰っていたのである。

 今回の件はそれらを解決する糸口になったのだろうか。


 腰のホルダーに入っているスマホがふるえた。俺はバッテリーの心配をしながらスマホの画面を開く。指でタップ。指でタップ。指でタップ。

 俺は迂闊うかつだった。俺が巻き込まれているトラブルが予想以上に深刻であることにもっと早く気づくべきであった。少なくとも普段からいくらかの危機感を持って生活していれば、これほど救いようのない事態は避けれたはずだ。。


ーーー司よ、元気だろうか? 私はオマエの父親だ。今日はオマエに一つ、告白をしようと思う。私が葬儀屋そうぎやの経営を始めたのは一つの夢があったからだ。それは私が、憎きオマエを自らの手で殺し、自らの手でオマエの葬儀を上げてやろうという思いに取りかれているからだ。ああ、オマエを殺してやりたい。そもそもオマエさえいなければ私はもっと自由に生きられたはずだ。オマエさえいなければ。オマエに私の気持ちなど……


 スマホには親父からのメールが届いていた。そこには俺に対する憎悪ぞうお殺意さついが長々とつづられている。俺はメールを読みながら茫然自失ぼうぜんじしつとなっていく自分に気づいてうろたえた。

「親父よ、そんな言い方があるか。オマエの尻拭しりぬぐいにてっした俺になんてひどい仕打ちだ。ひどい、ひどすぎる……」

 俺はがっくりと失望した。俺はその場で四つんいになり、眉毛まゆげが細く面長おもながの親父の顔を思い出した。俺の顔がくしゃりとくずれ、涙が出てきた。ちくしょう。

 何も知らないスミレが俺の元に駆け寄り、やさしく語りかける。しかし、その言葉は俺の右耳から左耳へ通り抜けていった。

 俺は麻由さんを見上げた。いきなり俺が落胆らくたんしたことに戸惑とまどっている表情だ。麻由さんもこのことは知らないのだ。

 

 一頭いっとうのチョウチョウが俺をあざ笑うかのように、舞う。空気をく羽を俺の頭にこすり付けながら空間に線を描く。俺はイラッとして飛んでいる蝶々を手で握りつぶそうとした。ひざをついて立ち上がり、両手を使って何度目かのトライで蝶々を捕まえた。変な違和感。つぶれた蝶々がいる右手を開いてみるとそれは機械仕掛けであった。あちこちに向く蝶々の羽。それを支えている小さな胴体は割れ、中から機械片きかいへんが飛び出している。

 どういうことだろう?


 俺の手から放り出されたスマホと缶コーヒーが地面に落ちている。アスファルトの上に流れ出るコーヒー。


 第九諸島連邦国の人々の間を、ジェリービーンズタウンの倉庫街で起きた大火事のニュースが駆け抜けた。それと共に鈴木大介が死亡したことも伝えられた。しかしその騒ぎも一瞬のもので、あっという間にその座は政治家の不倫スキャンダルに取って代わられた。


 ジェリービーンズタウンは夏を迎えた。めずらしく蒸し暑い夏だった。

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