第35話呪いを解く儀式、その3

「鈴木大介はのろわれている」

 男は大声で言った。

 俺と麻由さん、スミレ、そして俺が声をかけた男はそろって、大型アンプの裏、スチールパイプで組まれたステージの横に回ってかろうじてコミュニケーションを取った。ここなら幾分いくぶん声も通る。

「高熱が出て、顔の形も変わってしまった。意識も朦朧もうろうとしている。我々がネット検索で調べてみたら悪魔の仕業しわざだということがわかった」

 男が鈴木大介の状態と現状を説明した。男は洗練せんれんされた格好をしている。空いた時間のスケジュールはランニングとヨガでまっているのかもしれない。洗練されているとはそういうことだ。

「悪魔の呪いなんだよ、鈴木大介は悪魔に呪われているんだ」

 男は語気ごきを強め、改めて言った。


 天井てんじょうからヒモでるされた全裸ぜんらの鈴木大介を見てもしっくりこなかった。これが違法売春組織を作り、それとは別にたくさんの一般女性を誘拐監禁ゆうかいかんきんした男だというのか。しかも娼婦しょうふのルリは鈴木大介によって殺され、死体は雨のなか山林で放置された。それがどうだ、どう見ても鈴木大介は何の役にも立たない平凡へいぼんな男に見える。

 俺は少し拍子抜ひょうしぬけした。


 かなりの近くで太鼓を連打する音が鳴り響く。眼底がんてい眼球がんきゅうが振動で微妙にブレる。

「我々は鈴木大介と同じ大学の学生だ。友人だよ。そして勉強家でね。ネットで色いろ調べた」

 男はスラックスの尻のポケットからスマホを取り出し画面を開いた。そしてどこかのサイトを見ながら説明を始めた。

「簡単に言っちゃうと大昔おおむかし、第九諸島連邦国にはタクル人という民族が住んでいたんだ。彼らは独自の宗教を持ち、良い神と悪い神の二元神信仰にげんしんしんこうをしていた。悪い神は今でいう悪魔だよ。鈴木大介はその悪い方の神の怒りに触れたんだ」

 男は言葉を続ける。

「我々は今、悪い神、つまり悪魔の呪いを解く儀式ぎしきをしている最中なんだよ……今は少数民族となってしまったタクル人の宗教儀式だ」

 宗教儀式か。ただのパーティーじゃないか。


「顔の形が変わったってどういう風に?」

 麻由さんが口をはさんだ。真剣な表情だ

「左右のほおがパンパンにれてる。鈴木大介の普段の行いから考えると悪魔の呪い以外に考えられない」

 男はそう言ってステージ上でぶら下がっている鈴木大介をわきからながめた。明らかに男は陶酔とうすいしている。

 麻由さんは麻由さんでじっとぶら下がった全裸の男をまじまじと見つめていた。


「麻由さん、どう思う?」

 俺は男から少し離れて麻由さんと話し込んだ。

「医者である私としては血液検査をしたいところね……でも……たぶん彼、おたふく風邪だと思う」

「どういうこと?」

「おたふく風邪は子供だけの病気とは限らないわ。ムンプスウイルスの抗体こうたいがなければ大人もかかる。感染すると高熱が出て、耳下の唾液腺だえきせんれるのよ。外見上顔の形が違って見える。おたふく風邪が原因で死亡する場合だってある」

「じゃあ、おたふく風邪は悪魔の呪いじゃないんだね?」

「当たり前よ」

 麻由さんがいとも簡単に悪魔の呪いのタネ明かしをした。


 俺と麻由さんが男の元に戻ると彼とスミレが目玉焼きには醤油しょうゆをかけるかソースをかけるかで論争ろんそうしていた。何もこんなところでそんなこと話さんでも。俺は話にって入る。

「これからの儀式の進行予定は?」

「鈴木大介をほのお浄化じょうかする。彼の肉体を燃やすことで悪い神を追い払うんだよ。それで我々も平穏無事へいおんぶじな生活を取り戻すことができる」

「それは誰かに教わったの?」

「ネットで調べた」

「幸運を祈る」

 俺は心からそう思った。


 俺、麻由さん、そしてスミレは呪術信仰者じゅじゅつしんこうしゃの男に別れを告げた。

 俺たちは13番倉庫の出口を急いだ。もう俺の用事は終わった。リリアからもらったナイフは大活躍だいかつやくというわけにはいかなかった。でも、それはそれでいいだろう。自ら進んで殺人者になる必要もない。何より人を殺さないことを一番喜んでいるのはこのナイフを作ったリリアの祖父そふだろう。


 奥のステージで火の手が上がるのを確認して、俺たちは13番倉庫を脱出した。

 

 

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