第37話墓前での報告

 天気がよいから気分がいいのか。それとも曇りや雨じゃないからなのか。目覚める前に悪夢にうなされなかったからか。朝食が不味まずくなかったからか。

 いずれにせよ、ご機嫌な夏の朝。


 俺はスミレ、瑛太といっしょに、ルリの墓参りに来ていた。

 ここは西宮田川霊園にしみやたがわれいえん。見渡す限り故人をたたえる直方体の墓石が並ぶ。ジェリービーンズタウンをのぞむ山の斜面の公共墓地。反対側にボールペンのようなソクラテスタワーが見える。こうして都心から離れると涼しいし空気がきれいだ。以前来た時は深夜だったが、太陽の下、再びルリの墓に来てみると豊かな自然に囲まれていることに気づく。そしてそれはとても気持ちいい。


 ルリの墓前に線香をあげ、スナック菓子やドーナツをそなえる。三人でそれぞれ手を合わせ供養くようする。

 俺はルリに鈴木大介が火事に焼かれて死んだことを報告した。


 結局、鈴木大介は、警察によって事故死として処理された。それとともに過失致死傷罪かしつちししょうざいによって大学生十数人が手錠てじょう拘束こうそくされた。そして13番倉庫の火事は調子に乗った若者たちの不祥事ふしょうじという、ありふれた事件として幕を閉じた。

 鈴木大介に誘拐された四人の女たちも無事解放された。

 ある日、匿名の電話が警察に来て、密告者の言う通り、土建屋が資材置き場にしていた郊外にある倉庫で行方不明になった四人の女たちがそろって発見された。女たちは皆、記憶障害をきたしており、警察は鈴木大介との関係はおろか、誘拐事件そのものの究明には未だ至っていない。


 違法売春組織D−7は顧客にしまれつつ解散した。円満えんまんなフィナーレだった。ヒッピー崩れの大型バイクライダーはお別れの手紙とピンクのカーネーションを一輪いちりん、すべての顧客宅の郵便受けに入れてまわった。ピンクのカーネーションの花言葉は「あなたを決して忘れません」。

 娼婦たちもそれぞれの道を歩んでいった。セレブと結婚した女もいれば違法ドラッグにハマって死んだ女もいる。


 俺の経験則だがかしこい人間もバカな人間も世の中には満遍まんべんなく分布している。政財界にもバカはいるし、性風俗業界にも賢い奴はいるのである。D−7の元メンバーも同じだ。みんな、それぞれがそれぞれの適性を生かし世界中に散らばっていった。

 アンタも知らず知らずのうちにピンクのカーネーションを見かけることになるだろう。何もビビる事はない。アンタがクソみたいな状況の時、ピンクのカーネーションは面白いジョークを言ってはげましてくれるはずだ。そうに決まってる。


 ルリの声が聞こえてきそうな気がする。俺の墓前での報告は続く。


 


 

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