第9話決してバレない売春組織

「ルリは悪い男に殺されたの」

 この国の宗主国そうしゅこくである日本にならった墓石には“立花家之墓”とられている。中にはルリの遺骨がおさめられているという。


 西宮田川霊園は山の斜面を切り開いて造成ぞうせいされている。公営なのか民営なのかはわからない。ただ規模きぼは大きい。暗くて見通しは悪いがここは果てしなく墓が続いているように思われる。今は深夜で施設は閉鎖されてるが、スミレはゲート近くにある小屋にいた管理人に万札まんさつにぎらせて、今、二人でルリの墓参りをしている。


 2年前、ジェリービーンズタウンから100キロメートルほど北西にある山林でルリは死体となって発見された。警察の検視けんしによると、ルリはナイフのようなものでメッタ刺しにされ、それによって失血死しっけつししたということだ。


「犯人は捕まったの?」

「まだ」

「はっきり聴くがキミは娼婦しょうふなのか?」

「うん」

「ルリも?」

「うん」

「だったらルリを殺した奴は簡単にり出せるんじゃないか? 容疑者はかなりしぼり込めると思うんだが」

「……それが、私たちが売春してたってことは警察にバレてないの」

「警察だってバカじゃないだろう」

「それが本当にバレなかったのよ」


 スミレによるとこういうことらしい。

 そもそもは売春組織で働く男とルリが夜の街で偶然知り合ったことがきっかけだ。そしてルリはスミレを誘い自分たちのSEXを男たちに売り始める。金を貯めていっしょに海外旅行へ行こうと二人はちかい合った。


 なんと売春の客引きには有名動画投稿サイトが利用された。娼婦たちは素人しろうとのふりをしてネットで自室から実況中継をする。今ならスマホのカメラで誰でも簡単にできる。あくまで一般人をよそおう。口がけても「私を買ってくれ」なんて言わない。他の素人と区別するため娼婦たちはそろって皆、首に赤いチョーカーをつけた。あらかじめ事情を知る男性会員たちがパソコンやスマホで実況中継を見ながら娼婦たちを品定しなさだめする。


 一方、事務所は娼婦、男性会員とのやり取りにネットは使わなかった。


 まず事務所と娼婦たちは36戸一棟のマンションでいっしょに生活をした。しかし個々は直接コミュニケーションを決して取らない。仕事のオファーはマネージャーが一週間分のスケジュールを紙の封書ふうしょたくして娼婦たちの自宅の郵便受けに入れた。それを見た娼婦たちは会員である客と、いつ、どこで寝るのか把握はあくする。娼婦たちは紙の内容を覚え、すぐさま粉々に破ってトイレに流した。男性会員から受け取る報酬ほうしゅうはキャッシュ。あらかじめ自分の取り分を財布さいふに入れ、残りを事務所の郵便受けに入れる。電子メールやSNSのメッセージを使わず、間接的に最短で連絡を取り合うための苦肉くにくの策だ。売春組織の仲間はマンション内で偶然出くわしても、他人のふりをした。


 男性会員から事務所への買春の依頼は専属のバイク便を利用した。ウィークデイ、いかにもヒッピー崩れのような大型バイクライダー数人がジェリービーンズタウン全域を周回しゅうかいする。男性会員が指定した住居の郵便受けには、ネットで知ったお目当の娼婦の源氏名げんじな、予約時刻そして指定したホテルの部屋番号が書かれた封書が入っている。ヒッピー崩れはそれらを何気なく回収していく。 

 事務所と男性会員との間をすべて専属のバイク便が取り持った。そして現場のトラブルも事務所と娼婦の間で暗号通信でしのいだ。たとえば、いざベッドインとなって男性会員がルール違反をしそうになったら、娼婦は事務所にランダムな固有名詞とともに間違い電話をかけた。それがトラブル発生のサイン。細かい情報のやり取りは時間がかかったが、ネットを使って足がつくよりマシだった。


 売春組織のボスが、最近の警察による犯罪捜査は被疑者ひぎしゃのパソコンやスマホの通信履歴に頼りすぎていると嘲笑あざわらったそうだ。


 そのおかげでルリが殺された当時、売春組織にもスミレにも捜査の手は伸びなかった。正確に言うとスミレはルリの友人として刑事に事情を聴かれたらしい。しかしそれも例のマンションの玄関先で10分ほどの立ち話で終わった。


 結局今も事件は未解決のままだ。


 スミレがしゃがんでルリの墓に手を合わせる。どこから持ってきたのか火のついた線香せんこうたば墓前ぼぜんそなえた。俺もスミレに続いて神妙しんみょうおがんだ。


「私、ルリが死ぬ直前スマホで通話したの」

「ルリ、『私ダメだったよ』って言ってた。『私の人生ハズレだったよ』って」

「きっとその直後殺されたんだわ」

 スミレがじょうおさえきれない感じで言いつらねた。


「キミはルリから俺のこと知ったの?」

「そう、最初は二人だけの秘密だった」

「犯人をつかまえたくない?」

「私はもうあきらめたわ。今日ここに連れてきたのはアンタにルリの存在を知って欲しかったから」


 俺たちはルリの墓前で立ち上がり後を振り返った。目の前にはジェリービーンズタウンの夜景が広がっている。欲望は光を呼び、美しさには人間のおりのようなものが浮かび上がる。星の銀河をくだいてばらいたような輝きは両手でつかめそうだった。


「今日はルリの命日なの」


 スミレの言葉はジェリービーンズタウンの夜景に吸い込まれた。

 

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