第8話深夜の小旅行

 俺とスミレは郊外へ向かう各駅停車の電車に乗った。昼間来た方向、西へ別路線で帰ることになる。しかし自宅マンションのあるエリアより少し北を目指す。


 電車内は帰宅ラッシュの名残なごりでいくぶん人が多い。飲酒した奴らの呼気こきただよい空気がよどんでいる。俺とスミレは座席にありつけずつり革につかまったまま電車に揺られた。


「あんた、ジェリービーンズタウンで有名人だよ」

「俺は大人しく生きてるつもりだが」

「ロン毛なのに清潔感があるし黒が基本の服装も人目をくし」

「ファッションは自意識とお財布との相談で決めているのだ」

「やっぱ暴力団員との殴り合いのケンカが決定的、あれで街中に名が知れ渡ったんだよ」

「くだらない」

 いつだったか商店街の夏祭りで肩がぶつかったぶつからないで悪い奴とケンカになったことがある。俺は数発殴られたが、たまたま持っていた焼き鳥のくしを相手の鼻の穴に刺してやろうと必死になっていたら気味悪がられ、そのすき頭突ずつきをして鼻の骨を流血とともに曲げてやった。スミレはそのことを言っているのだろう。


 スミレとしゃべっているうちに降りる駅に着いたようだ。


 改札口は家路へ急ぐ人々が喧騒けんそうをつくっていた。スミレのあとを追ってその中をかいくぐる。賑やかな場所を離れて振り返ると、駅には「西宮田川にしみやたがわ」と大きなプレートがかかっていた。初めて降りた駅が暗闇にともっている。

 美しいチョウチョウが俺の近くを舞っていた。こんな夜に珍しい。


「ルリって女が私にマッシュを教えてくれたの」

「ふうん、どんな娘?」

「笑顔の素敵すてきな娘」

「そんなのたくさんいるじゃん」

「戦争や飢餓きががなくならないことで心痛めるような女の子よ」

「これからそいつに会いに行くの?」

「そう」


 駅前のショップが密集するストリートから離れ、マンションやビジネスビルが並ぶ地帯を俺とスミレは歩いていた。街明かりは都心よりいくぶん暗め、人通りも少ない。歩道に面したマンションの非常階段を屋根代わりにしてラーメン屋の屋台が営業していて、そこからガーリックの匂いが漂ってくる。車道に連なる車のテールランプが美しい。

 俺は相変わらずスミレのあとをいて行った。


「初めてルリからまわって来た画像」

 スミレは俺に彼女のスマホに保存されている画像を見せてくれた。それはスーパーマーケットで一番安い長ネギを買い物カゴに入れてる俺だった。顔が思いのほかブサイクである。

「チッ、いつの間に」

「SNSでアンタの話題振っときゃあ女同士でめることないのよ」

「なんだよ、俺の知らないとこで盛り上がって」


 ずいぶんと歩いた。いつの間にか周囲には俺とスミレ以外誰もいなくなっている。たがやされたばかりの畑が目につく。家もビルも少ない。歩道の、車道の反対側は雑草ざっそうしげのぼ斜面しゃめんになっている。鉄網てつあみさくがあるのはわかるが、その上に何があるのかは暗くて見えない。


「なぁ、ルリって女どこにいるんだよ?」

「もう少し」


 スミレという女を信用してこんなところまで来てしまった。俺にルリという親友に会わせたいという。深夜、こんな郊外の田舎にいる女に俺は何を期待してるのだろう。


「……そういうことか」


 だが、すぐさま俺はすべてを理解した。

 俺とスミレは大きな施設のゲートにたどり着いた。ゲートには“西宮田川霊園”としるされている。柵に囲まれた内部をのぞくと遠くにたくさんの墓石ぼせきが並んでいた。

 つまり公共墓地こうきょうぼちにルリという女が眠っているということだ。

 

 隣でスミレが寂しそうに笑うのを俺は見なければならなかった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る