第7話時計が読めない女

 誰かに尾行びこうされている。しかもあからさまに。


 実家を出てからずっと背後に人の気配けはいを感じていた。わざとだろうか、そいつは俺と歩調ほちょうを合わせながらすぐ後ろを歩いている。とても、偶然の一致とは思えない。もしかすると、今、世間を騒がせている連続誘拐犯れんぞくゆうかいはんか。いや、俺は女ではないから違うはずだ。それともターゲットを女にしぼるのをやめたか。


 俺は住宅街と繁華街を分ける大きな通りの交差点を駅方向に渡り、ガードレールにすわって様子を見た。スマホを開く。スマホにはリリアからメッセージが届いていた。さっきの礼だ。


 欲望が暗闇に溶けていく。俺が持っているナイフでその暗闇を裂くと、ドロリと汚れた血液が流れるだろう。夜の街が俺のナイフを待っている。

 何も言わずに一人の女が俺のとなりにすわる。カーブをえがくガードレールに俺と女がならんですわった。


「マッシュ、また会えたねぇ」

「何だ、オマエか」

 昼、自宅マンションの前で俺に声をかけてきた女だった。

「実は一日中ずっとけてたんだ」

「ほう」

「私、マッシュのファンなの」

「ほう」

「私、スミレって呼ばれてるよ」

「ふうん」

 実際スミレが今日一日俺を尾行していたのは本当なのだろう。スミレのウェーブのかかったロングヘアが見るからに乱れているし、化粧も取れかかっている。つまり疲れているようだった。

 俺はスマホを閉じ尻のポケットへ入れた。無関心を装った。

 

「私バカだからさ、時刻読めないの。デジタルも針の時計も」

 スミレがケラケラ笑う。

「これ、彼氏のプレゼントだけど時間がわからないんだ。今何時?」

 スミレは俺に腕時計を見せた。フォルムはスマートで薄型うすがた、シンプルなレザーのベルト、それが高級アナログ時計であることを見分みわけるのは簡単だ。安っぽいファッションとのバランスが悪い。

「今、午後9時26分」

 俺はスミレに大量生産された左腕の時計を見せた。こっちはデジタルだ。


「ねぇ、私の親友に会ってみない?」

「誰だよ、それ」

「私にマッシュを……あなたを教えてくれた女」


「いっしょに来て」

 スミレがガードレールから離脱りだつした。スミレはなぞめいたみを浮かべながら、腕を引っぱり俺を誘う。逆方向を見ると遠くから人ごみにまぎれて警察官2人が近づいてくる。俺は反射的に走り去るスミレのあとを追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る