第6話麻由さんとの夕食

 実家に帰ると親父は留守だった。

 マックイーンホテルから北東に3キロメートルほどだろうか。大きな通りをはさんで向こう側のエリアの高級住宅街にある実家を俺は訪れた。街の喧騒けんそうから離れて、ここはやや落ち着いている。もう太陽が沈んでだいぶ経つが十分な街灯のおかげで街並みは明るい。


紅銀べにぎん都市へ出張してるわ」

 俺は玄関で麻由まゆさんが迎えられ、彼女に親父の居所いどころを教えてもらった。紅銀都市とはジェリービーンズタウンがある本島の隣にある島の首都だ。

 麻由さんは親父の正妻せいさいではない。今も都内の総合病院で小児科の医師をしている。親父の妻、つまり俺の実母が亡くなってから何となく麻友さんは我が家で暮らすようになった。母親がガンでこの世を去ったのは俺が小学4年生の時だから、もうずいぶん長い。言ってしまえば親父の内縁ないえんの妻か。


「もうっ、何してるの? ろくに連絡もよこさないで」

「ごめんごめん、元気だった?」

「お父様が気にしてたわよ」

 俺は久しぶりに帰った自宅に上がりリビングルームへと行った。俺がいた頃と部屋の内装や家具の配置は変わっていない。ただ、前より立派な観葉植物が増えたこととテレビのサイズが大きくなったことが新たな発見だ。


 俺は6人用のダイニングテーブルに腰掛け、つけっぱなしになっていた大画面テレビをそれとなく見る。

「司ちゃん、今何やって暮らしてるの?」

「色々」

「あなた、ちゃんと働いてる? それとなく噂は聞いてるわよ」

「噂? どんな噂?」

「振り込み詐欺やってるとか、女のヒモやってるとか」

「大丈夫だよ、親を泣かすようなことはしてないから」

 麻由さんは俺を本名で呼んだ。ちなみに俺の本名は芥川司あくたがわつかさという。


 リビングルームの北側の柱にはアンティークな振り子時計がある。文字盤はシンプルな白黒だがそれ以外が金色のロココ調の装飾でできている。もちろんアナログだ。針はすでに夜の7時すぎを指していた。


 麻由さんが夕食を用意してくれた。ぶつ切りのマグロを醤油などで煮たものと、緑茶でいたご飯にでたそら豆を混ぜたものだ。突然実家を訪れた割には美味しいものをごちそうになった。食事しながら俺は麻由さんと親父の話をした。


「俺は、親父がでかすぎて人生に戸惑ってるんだと思う」

「うん」

「自分がダメ人間のように感じる」

「自分をさげすんじゃいけないよ」

「何をやっても親父を越せない」

あせることないから」

 俺は心の中にある漠然ばくぜんとした不安を具体的な言葉にしていった。麻由さんは俺の向かいに座り話を聞いてくれた。


「目の前のことを一つひとつ丁寧ていねいにやっていくしかないんだ」

 麻由さんのアドバイスは真っ当だ。

「個性的な親父だからなぁ」

 俺は思わずボヤいてしまった。


 実家を出た時は9時近かった。空腹を満たされた俺は心和こころなごんだ。やさしくはげましてくれた麻由さんは、ありがたいことに俺のプライベートを詮索せんさくしてこなかった。

 色いろ麻由さんに話を聞くと親父が帰ってくるのは一週間後らしい。やはり親父は俺に会いたがっているとのこと。あまり親を心配させるな、ともくぎを刺された。近いうちにまたここへ来なければならない。とりあえず今日すべきことはすべて終了した。


 警察官に職質されるとマズイ。急ごう。街灯に照らされながら、リリアにもらったナイフの入った腰元のシザーケースを右手でポンポンと確認する。落ち着いた雰囲気の住宅街を抜け、粘着質ねんちゃくしつの役人が区画整理くかくせいりしたような繁華街を駅に向かった。

 誰かに着けられていることは気づかないふりをした。





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