第10話アンモナイトの秘密、その1

 歩き回るのは好きじゃない。あしが痛い。


 たまに脳みその容量を超える時がある。昨日がそうだ。ジェリービーンズタウンのあちこちを行ったり来たりした。収穫はリリアにもらった手作りナイフとスミレという女の連絡先、そしてルリの死の謎。

 しばらくのんびり過ごそう。せわしない日常は俺のしょうに合わない。人目を気にせずあくびのできる生活が俺にはぴったりだ。俺は自宅のベッドの中で毛布に包まれタブレット端末を片手にタレントのゴシップ記事を読んでいた。


 ふとタブレット端末をかたわらに置いて思いにふける。実はルリの墓参りの帰り、奇妙なものを見つけた。俺の墓があったのだ。墓石に俺の本名である芥川司あくたがわつかさという文字が刻まれていた。同姓同名の他人の墓としか思えない。ちゃんと俺は生きているしな。スミレには縁起が悪いと笑われたが。まぁ深刻に考える問題ではないだろう。


 昼はとっくに過ぎている。俺はネットを切ってデニムをき、寝室を出た。


 腹が減った。キッチンの冷蔵庫をのぞいたが美味そうなものがない。俺はリビングルームのソファーにすわり、前のテーブルにあった袋入りのアーモンドをつまんだ。

 アーモンドをポリポリかじる。俺はボーとしながらなんとなく親父のことを考えた。


 あれは夏休み、俺が小学2年生の時だったと思う。親父が車で遊びに連れて行ってくれた。母親にはプロ野球のデイゲームを見に行くと言って家を出た。ところが親父と俺を乗せた車はジェリービーンズタウンを遠く離れ山へと向かった。


 行き着いた先は小規模な渓谷けいこくだった。山道の両側はゆるやかな崖にはさまれている。崖は荒々しい地層の断面が露出していた。切り立ってはいないのだが今にも崩落しそうな雰囲気はある。人が自力で登れる傾斜まで鋭角的な小石で埋め尽くされていた。

「太古の昔ここは海だったのだ」

 親父はなぜか自分を誇るように言った。

 周囲の風景がコンクリートに埋め尽くされていた街より空気が冷ややかなのを感じた。

 

 親父によるとそこは化石採掘かせきさいくつ穴場あなばなのだという。

「ママには内緒だ」

 親父は渓谷に来る途中スーパーマーケットに寄って買ったリンゴをかじりながら言った。


 俺は塩味のアーモンドをお供に多少の厄介やっかいさを感じながら親父との想い出をなぞった。

 

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