第29話偽物の金取引、その1

 目をつぶり外の世界を感じる。

 風が耳の凹凸おうとつにぶつかり呪文じゅもんのようなうなり声を上げる。遠くから大型トラックのエンジン音。近くの線路を電車が通り踏切ふみきりの信号の警告音けいこくおんがなる。少し肌寒い。

 目を開ける。夜。俺は一人でサッカー場の半分ほどのだだっ広い駐車場にいる。車は一台もない。そして誰もいない。中央の柱の上にあかりがあるだけ。その場でアスファルトの地面をる。こんな時間にチョウチョウが体にまとわりつく。足元に黒いスポーツバッグ。背後には営業時間を過ぎたスーパーマーケットの店舗。近くに人家はなく周囲には畑が広がっている。時刻は午後11時。


 駐車場の出入り口からセダンタイプの黒い車がゆっくりと入ってきた。効率良く駐車するためアスファルトにられたたくさんの四角しかくい白線を無視して、俺から20メートルほどの距離に車が停まった。車には二人乗っている。助手席から小野田が降りてきた。


 運転席の男が窓から顔を出しさけんだ。

「サソリはどうだった? ぎゃははは」


 小野田が話を切り出す。

「ふん、待たせたな」

「まずは D−7の顧客データをもらおう。きんはそれからだ」

 俺はできるだけ冷静に言った。


 小野田は俺の目の前まで来て立ち止まった。鼻が曲がっている。確かに小野田だ。緊張しているらしい。いや、緊張しているのは俺の方か。

 小野田は俺に近づきUSBメモリーを差し出す。俺は黙ってそれを受け取った。そして、今度は俺が一歩近づき小野田の足元にスポーツバッグを置く。スポーツバッグは重く、中で金属がぶつかる音がする。


「中身を確認してくれ」


 俺の言葉にうながされ小野田がスポーツバッグのファスナーを開け、中を覗き込む。


「これが5億円分のきんか?」

「そうだ」

「確かに受け取った」

「一つ確認したい。顧客データはコピーなんてしてないだろうな?」

「ああ、安心しろ。俺はそんなことしない。それがすべてだ」


 ガチャリと音がした。小野田が偽物にせものきんが入ったスポーツバッグを持ち上げて乗ってきた車に引き返していく。

「じゃあな。エロ親父によろしく」

 そう言って小野田は後ろ向きに手を振った。重いスポーツバッグのせいで歩きにくそうだ。

 俺も最初はゆっくり歩き、徐々にスピードを上げ小野田の後ろについた。そして右後ろの腰にあるシザーケースからリリアの祖父にもらった手作りナイフを取り出した。


 俺はナイフを振りかざし小野田の太ももにザックリ刺す。本当にザックリと音がした。

 俺と小野田の乱闘が始まった。

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