第33話呪いを解く儀式、その1

 13番倉庫。CEOによると鈴木大介はそこにいるらしい。

 俺とスミレは目的地へと急いだ。一刻も早く大介を殺さなければならない。それが俺にせられた仕事だ。そして、かわいそうなルリの仇打かたきうちでもある。


 深夜の倉庫街は街の喧騒けんそうとは無縁むえんで眠ったように静かだ。そして人気がないゆえの独特の暗さがある。歩いても歩いても同じ街灯と同じ倉庫しかない。どこへ行っても風景が変わらず道に迷いそうだ。時おり清涼飲料水の自動販売機を見つけると少しほっとした。俺たちは慎重しんちょうに倉庫の壁面へきめんえがかれた番号を確かめながら歩いた。


「昔を思い出すわぁ」

 スミレが言った。独り言のように、俺の存在を忘れてるように。

「私が子どもの頃、夜、父さんと二人で木彫きぼりの伝統工芸品をお土産みやげやさんに歩いて届けたことがあったの。父さん、生活のため職を転々としてた時期があってさ。誰かのすすめで少数民族の伝統工芸品作って売ってたんだ。それが何かの手違いで車が使えなくなってね」

 スミレは寂しげに告白した。俺は黙って聞いていた。決して嫌な寂しさじゃなかったからだ。

「二人でバッグに安っぽい人形をたくさんめ込んで遠くのお土産やさんに納品のうひんに行ったんだ。線路脇せんろわきの寂しい夜道を何をしゃべるでもなく父さんと私で黙々もくもくと歩いてね……当時もこんな感じだったよ、ちょっと肌寒はだざむくて星空がきれいで……父さんはこんなはずじゃなかったって思ってたんじゃないかな。有名大学を首席しゅせきで卒業したような人だったから」

 スミレは泣いているんだろうか。詮索せんさくするような野暮やぼなマネもできない。

「……ごめんなさい、こんな話」

 さすがに俺たちはしんみりしてしまった。

「今、お父さんは?」

「田舎でラーメン屋やってる」

「元気なの?」

「うん」

 俺たちは無言で歩き続けた。

 

「大介って男、倉庫で何やってるんだろう?」

「パーティー?」

「あり得る」

 俺はこれからのことに思いをめぐらせた。パーティーか。スミレは半分それを期待しているのかもしれない。


 後ろから赤のワゴンカーがクラクションを鳴らしながら近づいてきた。CEOが運転している車だ。車は路肩ろかたに停まり、後部ドアが開いてデニム姿の麻由さんが登場した。

「こんばんは、それともおはようかしら?」

「こんばんは、にしとく」

 あいさつの後、麻由さんは心地よい睡眠を邪魔じゃまされた愚痴ぐちを言ってから、俺への協力をしまないことをちかった。

「助かったよ、ナイフで効率こうりつよく人を殺したい。あとバレないような死体の処理の仕方も教えて欲しい……医者なら詳しいだろ?」

 麻由さんは答えにきゅうする。そりゃあそうだろう、殺人の加担かたんは誰でもけたいもんだ。

「できるだけ早くと思ってむかえに行ってきた」

 CEOが運転席から降りて言った。開いたドアに腕をかけあくびをした。

「ありがとう、もう帰っていいよ、あとは俺たちに任せろ」

 CEOが黙って俺の背後を指差した。振り返ると、そこには13と書かれた大きな倉庫がある。13番倉庫だ。この中に大介がいる。

 CEOが乗り、赤のワゴンカーはなめらかな動きでUターンした。とてもこれから自分の息子が殺される親の態度とは思えない。所詮しょせんセレブの心境など俺がさっするのは無理なのだろうか。俺は去っていく赤のワゴンカーを見送りながら面倒な考えをとりあえず脇に置いた。


 俺たち三人は13番倉庫に向き直った。目の前の13番倉庫は中で大統領選挙の集会でも開催かいさいできそうなほど大きい。倉庫の中から音楽がれ聞こえてくる。スミレが言ったように本当にパーティーをしているのかもしれない。


 倉庫の正面脇にあるドアの前には誰もいない。俺とスミレ、そして麻由さんは中へ入っていった。

 俺はこれから人を殺すのだ、と覚悟を決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る