第32話すべてが明らかになる、その2

「大介に対しては教育の仕方しかたを間違えた。子供の頃、世界が自分の思い通りにはならないということを徹底的てっていてきに教えるべきだった。ところが大介は今、世界の中心は自分だと勘違かんちがいをしている」

 車窓しゃそうの風景はいつの間にかにぎやかな街並みになっていた。あせるでもなく呑気のんき過ぎでもなくCEOはとても落ち着いて車を運転している。そのCEOがため息をついた。

「マッシュ君、我が息子の大介を殺害してくれ」

 俺は驚かなかった。あの駐車場で直々じきじきに鈴木屋コンツェルンのCEOが待っていると聞いた瞬間、何かあると覚悟していた。もしかするとリリアにもらったナイフで大介を絶命ぜつめいさせることになるかもしれない。俺はリリアに対して罪悪感ざいあくかんいだいた。それだけだ。

「大介の存在は鈴木屋コンツェルンにとって致命傷、奴がいると事業の存続は不可能だ。悪いが大介には死んでもらう」

 俺はそう言う非情ひじょうなCEOを見て、鈴木屋コンツェルンのグロテスクさを思い知った。

「その仕事を完遂かんすいしたら、私はキミへの経済支援をしまないつもりだ」

 車が有名なコーヒーショップ前の交差点で赤信号につかまった。時刻は午前1時過ぎ。まだ街には人があふれている。

「今、大介は鉄道駅近くの、ある倉庫でひと騒動そうどうを起こしている……そこへ潜入せんにゅうして大介を一思ひとおもいに殺してくれ」

 CEOが後ろを振り返り、初めて俺を見た。


「いいよ、俺が大介とやらを殺してやる。ただし条件がある。その大介が所有しているパソコン、スマホをすべて俺にゆずってくれ。そうすればわからなかったことがわかるようになるかもしれん。たとえば大介がなぜルリを殺したのか、とか」

「わかった」

 俺とCEOの間で商談しょうだんが成立した。信号が赤から青に変わり、車が動き出す。

「マッシュ、やるの?」

「ああ、俺は今までもこうやってパトロンを獲得かくとくしてきたのさ」

 スミレが心配そうにしている。俺は後ろからスミレの肩に手をかけた。とにかく安心して欲しかった。

「俺は何をすればいいすか?」

 俺たちのやり取りをだまって聞いていた瑛太が初めてしゃべった。

「キミには小野田の自宅にあるすべての家財道具を処分してもらおう。住所については調べが付いている。万が一顧客データをコピーされていてはかなわない」

「わかりました」

 瑛太はそう言ったあと、俺を名残惜なごりおしそうに見たが再び黙りこくってしまった。

「一つお願いがある。俺の親父の内縁の妻が女医をしている。大介の殺害方法で相談をしたい。彼女が利用してるSNSのアカウントを教えるから俺の元に呼び出しておいてくれ」

 俺は腰のホルダーケースからスマホを取り出してCEOにアルファベットと数字の羅列られつを教えた。CEOはメモ用紙にボールペンでそれを書きしるして右手でOKサインを作った。


 俺たちを乗せた赤いワゴンカーは鉄道駅近くの倉庫街に到着した。貨物列車でジェリービーンズタウンに運ばれてきた農作物や、工場で使用される電子部品、鋼材が遠くからここに集まる。

 その中にCEO名義で所有する大きな倉庫があるらしい。

 大介がそこにいる。


「スミレ、俺がルリのかたきってやる」

「私も行く」


 俺は赤いワゴンカーを降りて大介がいる倉庫へと向かった。あとをスミレが付いてくる。

 周囲は学校の体育館のような倉庫がいくつも規則正しく並んでいる。俺とスミレは、記憶力のテストを受けるハツカネズミのように、倉庫群が作る迷路をさまよった。


 俺は、腰の右後ろにぶら下がったシザーケースに包まれたナイフをポンポンと手で確認した。

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