第31話すべてが明らかになる、その1

「防犯カメラにはうつってないだろうね」

「大丈夫、カメラのレンズにんでたガムを張り付けておいた」

 すかさず俺はCEOを安心させた。

 赤いワゴンカーの中には四人いた。俺と瑛太、スミレ、そして鈴木屋コンツェルンのCEOだ。先ほどCEOは自ら車を運転をしながら自己紹介をした。助手席にはスミレ、後部座席に俺と瑛太がいる。

 CEOは恰幅かっぷくのいい老紳士で針葉樹模様しんようじゅもようのスラックスを襟付えりつきシャツの上からサスペンダーで止めている。

「驚きかね。自分で、しかも他社の車を運転するなんてな」

 確かに赤いワゴンカーは鈴木屋コンツェルンとはライバル関係にある自動車会社のものだ。CEOは器用きようにハンドルを操作そうさしながら言った。

「他社の車は研究のためよく乗る……実は若い頃から車の運転は好きでね。いい気分転換になる。私はマニュアル車を操作する一連いちれんの動作が好きなのだ。世間の話題はもっぱら自動運転だが……だから隠居いんきょの日も近いというわけだよ」

 創業主そうぎょうぬしであるCEOは実際には鈴木屋コンツェルンの企業経営には直接的に関わっていないらしい。CEOは資産管理団体しさんかんりだんたいを作って鈴木屋コンツェルン配下企業の株を取得し株主として経営トップに影響力を行使しているようだ。CEOは俗称ぞくしょうで本物がちゃんといるという。さっき自分で言っていた。

「マッシュ君の動きは随時報告ずいじほうこくを受けていたよ」

 CEOが勝ちほこったように言った。


「スミレさんの友人、ルリさんを殺したのは我が息子の大介だ」

 CEOの告白にスミレが息を飲んだ。

「私にも詳細がわからんのだが、大介がまだ犯罪に慣れていない頃の出来事だ。事件がマスコミに発表されてから大介の犯行だと判明した。そのため我々はもみ消すことができなかったんだ。その後改めて警察に圧力をかけたんだが、アンチ鈴木屋コンツェルンの警察幹部もいて上手くいかなかった」

「さっき殺した恐喝犯の連中はそのことを知っているようなふしがあった。なぜだろう」

 俺はわからないことを素直にCEOに質問した。

「大介の単独犯たんどくはんじゃなかったからな、大介の友人も加担かたんしていた。そこから情報がれたのかもしれない。もしくは警察からということもある」

 死人しにん口無くちなしだ。もうそれを確かめるすべはない。

くやしい」

 スミレがボソリと一言発した。


「ジェリービーンズタウンを騒がせている女性誘拐事件の犯人も大介だ」

「それは聞いてる」

「被害者たちは今も自宅の地下誘拐牢ちかゆうかいろうにいる。今、彼女らを穏便おんびんに開放しようと動いている最中だ」

「どうやって?」

「鈴木屋コンツェルン配下の製薬会社で作っている記憶を消す薬を彼女らに投与とうよしようかと……」

「それはちょっと自分勝手や過ぎないか?」

「キミは面白いな。私みたいな重鎮じゅうちん相手でも言いたいことははっきり言うのか」

「俺は、物怖ものおじして言いたいこと言わない方が相手に対して失礼なんじゃないかと思うタイプでね」

「ふん、我々がほっしている人材だ」

 ちっ、CEOの方が一枚上手だ。汚いやり口の追求の手を、 CEOは俺をおだてることで誤魔化ごまかしてしまった。


「とにかく大介がしでかしたことを表に出すわけにはいかない。もしバレれば我が企業体は存続できないほどのダメージを受ける」

 CEOの発言を聞いて俺は深いため息をついた。

「キミだってお父さんの買春行為かいしゅんこういがバレればもう起死回生きしかいせいの手はないぞ。せっかく未然みぜんに手を打ったというのに。最悪、葬儀会社も営業できなくなるだろうし、何よりお父さんの名誉めいよが……」

「忘れてた。これはアンタに渡せばいいのかい?」

 俺は小野田から受け取ったUSBメモリーを、運転しているCEOに、後部座席から差し出した。これにはCEOの息子である大介が運営している違法売春組織の顧客データが入っている。そして俺の親父の名前も……。

 CEOが前を向いたまま受け取る。

「そもそもこの顧客データはどうやって外部に漏れたんだ? キリトは大介の自宅からじゃないかと言ってたよ」

「それも今となってはわからん。大介のパソコンがハッキングされたのかもしれんし、直接大介の部屋に誰かが侵入したのかもしれん」

「ちっ、謎の究明ってこんなものかね。わからず仕舞じまいの事が多すぎる」

 CEOの答えに俺は投げやりになった。


 車窓しゃそうは畑とは無縁の風景になってきた。俺はヘトヘトだ。人食い鮫半島へ泳ぎに行くなんていいかもしれない。今日の出来事は日常をエスケープするための十分な理由になると思った。

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