第3話ガーターベルトの女に迫られる

 目の前にはマックイーンホテルが建っている。いつか古い絵で見たバベルの塔のようだ。巨大でどっしりとしている。それを取り巻く緑豊かな敷地は広い。ビル街に突如現れた極上のリゾート地という感じ。


 陽が傾いてきた。普通の人ならそろそろ仕事が終わる時間。でも街を歩く人々は皆忙しそう。センスのいい格好の若い男女が多い。グレイのパーカーを着た俺一人だけが浮いている。

 俺は自宅の最寄り駅から電車に乗ってジェリービーンズタウンの西側繁華街へとやってきた。この辺はあの大震災が起こる前、多くの家電メーカーのブラウン管テレビ工場が集まってたんだって。今は、必要な建物をそのまま上書きしていったような、混沌としたビル街になっている。


 大きな車寄せ侵入口でさっきから俺は困惑している。マックイーンホテルが思いの外ラグジュアリーで、庶民的しょみんてきすぎる俺は引け目を感じたのだ。

 「マッシュさん」

 ゲート前で戸惑っていると女の声がした。振り返ると料理人の格好をした女が立っている。白衣にえび茶のエプロン姿。髪はショートでウェーブがかかり、前髪はバレットで後ろにまとめている。

「マッシュさんでしょ、リリアから聞いてるよ……私についてきて」


 女はこのホテルのレストランで働く料理人見習いだという。女はリリアに頼まれて俺が来るのを待っていたのだ。リリアは俺がラフなファッションで来るであろうことを見越していた。そのため、マックイーンホテルの正面突破は俺に酷だろうとの、リリアの配慮らしい。俺は女の案内でレストラン厨房の食材貨物搬入口からホテル内に侵入させてもらうことにした。

 俺はおしゃれな幽霊屋敷にでも侵入する気分。ワクワクする。


 マックイーンホテル内のレストラン従業員女子更衣室。窓は暗く壁にロッカーが並んでいる。雑然とした雰囲気。室内が陰湿なのは日常的にただようスラングや噂話のせいかもしれない。俺は料理人見習いの女からメンズのパリッとしたジャケットを借りた。女は立ったままタバコを吸っている。俺は女に背を向けて着替えていた。


「マッシュさん、スタイルいいわぁ……ふふふ、それに何か女にモテそう」

「それが……モテたりモテなかったりでね」

「悩んでるの? 私、当たる占い師知ってるよ」

「ううん、占いは信じないかな」

「マッシュさん、こっち見て」

「え?」

「これ似合う?」

 振り向くといつの間にか料理人見習いの女は、短いキャミソールにストッキングをガーターベルトで留めた姿をしている。黒でそろえた下着三点以外身につけておらず下半身があらわだ。ムッチリと汗ばんだ肉体がエロい。いきなりの展開に俺は頭が真っ白になる。

「私知ってるよ、マッシュさんが真面目だってこと……リリアなんてダメだよ、他に彼氏いるのにマッシュさんをその気にさせて」

「いや、俺とリリアは……」

「ねぇ、私を見て。これ似合う?」

 女が俺にせまってきた。息が顔にかかる。

「ねぇ、いっしょにあの占い師のとこ行こう、恋占いがすごく当たるんだ」

「いや、俺は……その……」

 俺があいまいな態度を取っていると突然女が叫んだ。

「あの占い師はSEX占いが当たるんじゃ!」

「足の指舐められたら大声出してもだえた方がいいんじゃ!」

「SEXテクニックで男の股間をつかむんじゃ!」

 女が雄叫おたけびをつらねた。

「ぎゃおぉぉぉぉん!」

 女は奇声を発し俺の首をめ、ゆさぶる。俺は並ぶロッカーの下に押し倒された。女が俺の股間をまさぐる。手付きが慣れている。女の右手5本指が俺の大切な部分を快楽へと誘惑する。ドタバタとした乱闘がだらりと続いた。乱れる呼吸と発汗。

 俺は上からのしかかる女を振り払い、女子更衣室の出口へよろけながら走った。俺は一旦ドアを引き、内側のノブを足蹴りで壊してから外へ出た。俺はそのままドアを閉める。

「まったく。こんな出会い方じゃなければ仲良くなれたのに」

 ドアノブがないため外に出られなくなった料理人見習いの女が狂ったようにドアを連打する。

「ブルーのジャケットは借りてくぜ」

 

 俺はため息を吐きつつリリアがいるホールへと向かう。疲労感ハンパない。エロければ全て興奮するわけではないことをしみじみ感じた。背後で聞こえるドアを叩く音がしだいに小さくなっていく。

 

 

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