第2話他人の不幸を笑う男

「私は他人の不幸を笑う男だ」

 俺が子供のころ親父が言ったセリフ。

 親父は葬儀屋を経営している。他人があの世へ行くと儲かる仕事だ。人間は誰でも死ぬ。つまりこの世から葬儀がなくなることはない。さぞ親父の笑いも止まらないことだろう。天職にもほどがある。彼自身は死に方をしないだろうがね。

 

 俺は複雑な家庭で育った。

 親父が葬儀屋を成功させたのは俺が中二の時だ。それまで親父はたくさんの職を転々とした。当時の家庭環境はここでは書けんよ。例えばある夜、自宅でマグロの解体ショーをやったかと思えば、その翌日に親父は危険な組織に拉致されたりした。そんな危ない話ばかりだ。


 だから俺は手強てごわい男だよ。あまりめないほうがいい。子供時代の劣悪な環境が俺を一筋縄ひとすじなわじゃ行かない男に仕上げた。今の俺なら特殊部隊所属の軍人から大金をだまし取ることもできるだろう。

 

 さて、近くの駅に着いた。湿しめっぽいホームで電車を待っている間、俺はスマホを開く。するとリリアがマックイーンホテルに入ったとの情報が流れてきた。そのまま俺は金属音と共に到着したコーヒーブラウンの電車に乗った。昼間なので乗客は少ない。決してきれいとは言えないオレンジ色の座席につき、そのままスマホをいじって時間をつぶす。

 電車はジェリービーンズタウンの繁華街へ出発した。


 向かいの車窓から風景を眺めながら、俺はリリアのことを考える。

 リリアがプロのモデルになりたての頃、初老の男がカメラを持って彼女の所属事務所を訪ねてきたという。仕事の参考にリリアのヌードを撮らせてくれと。リリアの肉体造形が男のイマジネーションをかき立てるらしい。その男の職業はチェロの楽器製作者だった。


 俺が生まれて初めて燃えるような恋愛をした相手もリリアだ。友人の作家が開いたホームパーティーでリリアと出会った。リアル世界でリリアのひとみを見たら誰でも彼女のとりこになる。あの人恋しげでものげな表情。その夜以来、俺とリリアは恋に落ちた。

 俺たちは酸素中で燃えるマグネシウムのような恋をした。ほどなくして別れ話が出だした頃、リリアとスマホでライブ通信をしていて彼女がごねた。そしてリリアは激怒した。俺は許しを乞うためリリアの元へ走った。俺の人生で街中の路上5キロメートルの距離を全力疾走したのはあれが最初で最後だろう。いやぜひとも最後にしたい。

 

 結局俺とリリアの関係は恋愛から友情へと変わった。


 話は戻るが、まだ俺が実家から高校に通っていたころ、リリアはすでにテレビなどに出ていた。家族団欒かぞくだんらんの席でそれを見た親父は「この娘かわいいな」などと言ったものだ。

「以前、俺とリリアは愛し合ってたんだよ」と言ったら親父はどんな反応をするだろう。

 

 俺は純粋に笑う親父を想像した。


 


 


 

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