第21話サソリ団急襲

 雨が降ると街の喧騒けんそうというものはより大きくなる。雨粒あまつぶは空から落下し、地球の中心に到達することなく地上の障害物に当たって歌をうたった。車の、回転する四本のタイヤが、濡れたアスファルトの口を借りてコーラスをえる。


 一転、死んだような景色。視界に植物と土がない。色褪いろあせた外壁がいへきのマンションとアスファルト。周囲は、雨にもかかわらず水分を蒸発させたような住宅に囲まれている。

 俺は恐喝犯である小野田のマンション前の共有スペースにまった車の中にいた。運転してきた瑛太と中型トラックに乗ってきた4人の若者たちは、小野田の部屋へと向かった。これから、鍵のかかった小野田の部屋のドアを充電式電動チェーンソーを使ってこじ開け、室内の家財道具一式かざいどうぐいっしきを中型トラックに積み込んで持って帰ろうというわけである。D−7の顧客データが入っている記憶媒体きおくばいたいだけを求めて家探やさがしするのはリスクが大きい。


 俺は一切の仕事を瑛太たちにまかせて車の中でのんきにスマホをチェックしていた。麻由まゆさんからのメッセージで、親父がスマホデビューをしたのでよろしく頼むということである。その他もろもろ、宣伝、連絡、予約、約束。そして……あくび。

 ふと車窓しゃそうから外を見るとこんな雨の中をチョウチョウが舞っている。濡れるのをけて逃げるように飛んでいる。ボ〜ッとチョウチョウを目で追い再びスマホを見た。


 何かがぶつかる音で我に返った。運転席の開けられたままのパワーウィンドウから何かが流れ込む。俺は最初土砂かと思った。とにかく外から運転席に黒い流動物りゅうどうぶつそそぎ込まれた。かわいた音。大量のゴキブリか。いや、それらは無数むすうのサソリだった。


 やられた。車のハンドル前のシートでサソリの山がうごめいている。アクセルペダル付近にも数匹はっている。助手席の俺は、ただただビビる。サソリは、態勢たいせいととのえるもの、無造作むぞうさに動くもの、敵を警戒けいかいするもの、様々さまざまだ。俺の方にノソノソはってくる奴もいる。

 しばらく呆然ぼうぜんとして、その後死ぬかもしれないとさとった。サソリの尻尾しっぽに刺されたらその毒により簡単に心肺機能しんぱいきのう停止ていしするだろう。子どもの頃、テレビの大自然ドキュメンタリー番組で見た記憶がある。


 俺は助手席のドアを押したが開かなかった。その前にシートベルトをはずさねば。あせる自分をやみながら汗がドッと出る。腰の右側にあるアタッチメントのスウィッチを押し、なんとかシートベルトを外した。すでに左右の座席を数匹のサソリが越境えっきょうしている。


 俺は助手席ドア内側のスウィッチを押しパワーウィンドウを開けた。遅くてイラつく。電動の窓がゆっくりとがり安全な世界と車内をつなぐ。


 両手で窓枠まどわくをつかんで俺は足をり身体を浮かせた。腰を中心にして頭部を外にほうる。バランスをくずしながらそのまま車の屋根に上半身を乗せ、足を使って全身を車からかき出した。あとから見ると助手席ドアは丁寧ていねいに外から布テープで目張めばりがされていた。いつの間に。


 自由への脱出。


「何やってんだ!?」

 雨の中立ちくし、呆然と天空てんくうあおいでいると、背後から瑛太が俺を罵倒ばとうした。

「小野田は引越ししてたよ!」

 俺はすぐに瑛太の言葉を把握はあくできなかった。

「奴の部屋はもぬけのからだったんだよ!」

 瑛太がかさねてかえす。

「オマエ、無駄足むだあしの責任とれ!」

 瑛太が俺の顔に火のついたタバコを投げつける。一瞬鼻に熱さを感じた。ちっ、危ないことしやがる。

「カッコつけやがって!」

 そう叫んで瑛太が俺の肩を突くように押した。


 周囲が薄暗くなってきた。雨は強くなりつつある。俺はびしょ濡れだ。車の近くには、おそらくサソリを運んできたのだろう、青いポリバケツが転がっている。そしてアスファルトの上にサソリが一匹はっていた。サソリは魔術的ですらある両手の大きなハサミにみにく昆虫こんちゅうのような足を器用に動かしていた。尻尾しっぽあやしい曲線を描いて毒と共に頭上に鎮座ちんざしている。サソリは俺の足元をもそもそうごめいている。俺を敵だと思っているのかもしれない。

 俺は思い切りサソリをみつぶした。気味の悪いやわらかさを足に感じた。


 寒い。今日はもう自宅へ帰って熱い風呂に入ろう。俺はゆっくり湯船ゆぶねかりたい。しみじみそう思った。

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