第14話顧客データ流出

 火のついたロウソクを持った男に先導せんどうされ俺は暗い廊下を歩いている。男は長髪を後ろでまとめ、真っ白な襟付えりつきシャツに真っ黒なスラックス姿。窓は外側が木戸きどおおわれていて視界しかいは閉ざされている。。聞こえるのは俺たちの足音だけ。空気はじっとり湿った感じ。

「どうぞ中へお入り下さい」

 男は赤いドアの横で立ち止まり俺をうながした。

「失礼します」

 俺はノックをしてドアを開けた。


 室内はオレンジ色の光で満たされていた。傘つきの照明器具が天井中央からぶら下がっている。生活感のある部屋。ウッディーなダイニングテーブル、ほころびのあるフェイクレザーのソファーなどがある。足の下はオリエンタルな模様の絨緞じゅうたん

 男が壁に足をついてロッキングチェアーに座り、ピストン運動のようにわざと自分をらせている。立ちながらテレビを見ているのはスミレだ。二人とも照明のオレンジ色に染まっている。

「あ、来た」とスミレ。

「こんちわ〜す」

 男が立ち上がって言った。

「話ってなんだよ?」

 俺はゆううつな気分をかくせない。


「俺、瑛太えいたっす、スミレの担当者たんとうしゃっす。よろしくぅ〜」

 俺も自己紹介をして瑛太と名乗る男と握手あくしゅした。

「やぁだぁ〜、マッシュ、顔暗い」

 俺は能天気なスミレの発言を聞いて一層いっそう憂うつになった。瑛太はジャンプして部屋の中央にあるダイニングテーブルの天板てんばんにすわる。スミレがリモコンでテレビを消した。俺は、テレビを向いているソファーの、裸になっている背もたれの裏側に腰をあずける。

「ここは年金暮らししてるある老人の部屋なんす、俺たちの上層部と知り合いなんすよ。アンタと話すためにちょっと借りました」

「今、おじいちゃんはパチンコしてるって」

 瑛太とスミレが余裕を持って話した。すべて準備万端じゅんびばんたんというわけだ。


「何か問題でも?」

 スミレが俺を呼び出した理由をく。

「それが……」

「言っとくけどこの問題にアンタが首を突っ込むのはあまり気持ちのいいもんじゃないんすよね、俺は」

 スミレも瑛太も本題に入りにくいらしい。

「俺たちが組織的に売春をしていることはスミレから聞いてるんでしょ?」

「ああ」

「今回その顧客こきゃくデータが外部にれまして」

 瑛太が簡潔かんけつに説明してくれた。

「マネージャーのスマホに犯人から脅迫きょうはくメールを送られてきたの」と、スミレが口をはさむ。

「目的は金らしい」

「ゆすられてんだ」

「そうっす」

 俺の相手をしながら高さのあるテーブルに座っている瑛太が、宙に浮いた両足をブラブラ遊ばせている。


「アンタにトラブル処理をしてほしいんすよね」

「俺をき込むなよ」

「ところが、みんなのそれを望んでいるんすよ」

「がっくり」

恐喝犯きょうかつはんが俺たちとの仲介ちゅうかいにアンタを指名しめいしてきたんす」

「マネージャーもそれがいいと」

「なぜ俺に? 関係ないじゃん」

「……ふふふ」


 瑛太が意味ありげに笑った。スミレが同情するような目で俺を見ている。

 ここはジェリービーンズタウンの北にあるスラム街の一角だ。治安も悪い。コンビニ強盗は日常茶飯事にちじょうさはんじだ。今現在も近所の誰かが凶悪犯罪きょうあくはんざいのプランをってる最中さいちゅうかもしれない。そんなとこで違法な売春組織の行く末をあんじるのもおあつらえむきか。

 瑛太はいじめるようにゆっくりと、俺が作戦参加しなければならない理由を語った。


「実は俺たち売春組織の顧客データの中にアンタの父親の名前が入ってるんすよ」

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