第四章 まさかの旅に

オデュッセウスに胃薬を! 1

「ふう、これでやっとゲームが出来る……」


 一連の騒動が片付いて、やはりハーデスはテレビの前に座っていた。

 部屋の構図は以前と変わらない。主人であるハーデスに加えて、寛いでいるペルセポネとケルベロスがいるだけだ。天界での出来事など、何も影響を与えていない。


 ……外では冥府の裁判官達が忙しく働いているというのに、肝心の王はどこ吹く風。今も懐かしさに駆られて取り出した、風来のシ○ンをプレイしている。


 フロアの字が青色で示されている辺り、持ち込み不可の99階ダンジョンに挑んでいるようだ。一度もクリアしたことがない、と本人が途中で投げ出したダンジョンだとか。


「ふふ、我ながら、我ながら完璧な引きだ……剛剣に風魔、しかも保存まで……親方におにぎりも一杯握ってもらったし、死角はないよ!」


「へえ、凄いじゃないっすか。ここで運を使いきってなかったら、もっと凄いっすけど」


「ははは、そんな筈ないだろう? いや、むしろ今は最高についてる! 絶好調さ! このまま大部屋を手に入れ、黄金の間に行ければ万全になるよ! ……黄金の間で死んだことあるけど!」


「油断大敵っすねえ」


 しかしハーデスは黙々とゲームを進めていく。彼が言った通り万全で、アイテムの入手も悪くない。これなら本当に、最高の勢いで序盤を突破できるのではなかろうか。

 そんな風に、意気揚々と階段を降りるハーデスの操作キャラ。


「あ」


 幸運は尽きたらしい。

 ゲーム中のウインドウには、モンスターハウスだ! と表記されている。しかも何やら、このフロアでは見ないようなモンスターが一杯。ハーデスの表情が凍りついてるのはコレが原因のようだ。


「ど、どどどどどどうしよう……! ゴースト系の特殊ハウスだよ!? しかも全方位囲まれて一歩も動けないし……!」


「起死回生のアイテムはないんスか? ほら、聖域がナンタラとか」


「あ、あんな超貴重なアイテム、拾ってるわけないだろ!? ゴースト系には逆にダメージを与えられる回復アイテムも持ってないし、向こうは三倍速で動くし……」


「未識別の巻物を読むとかは? 眠らせるやつ引けば、どうにかなるんじゃないッスか?」


「そっ、それだ!」


 完全に運任せなのだけれど、らしい対策は他にないのだろう。正式なアイテム名を記していない巻物から、ハーデスは慎重に一つ選び出す。


「け、ケルベロス、成功するよう祈っててね!」


「へいへい。って、ここじゃあハーデス様に祈るような形になると思うんスけど?」


「困ってるのは我の方なんですが……あ、じゃあゼウス――いやアイツは駄目だ。じゃあヘラ……いやこっちも駄目だ。あ、ペルセポネで!」


「嫁さんが一番最後に出てくるってどういうことッスか……」


 ともあれケルベロスは、言われた通り祈りを捧げてみる。三つ分の頭をすべて使って、ハーデスが博打に成功する構図をイメージしていた。

 直後、


「あっ」


 本心から意表を突かれたのだろう。何の感情も籠っていない声が、ハーデスの個室に虚しく響いた。


「……どうだったんスか?」


「いま読んだやつ、聖域だった……床に置けって……」


「おおう」


 希望の光を自ら手放してしまった、というわけだ。

 逃げる術も防ぐすべも知らない主人公は、全方位から容赦のない火力を浴びせられる。高性能の防具を持っているにも関わらず、ゴリゴリと減っていくHP。ほぼ満タンだったゲージが一瞬でゼロになる。


 ――しかし、運の悪さも一転したんだろう。再びHPが全快になって、主人公は蘇っていた。


「お、おお!? 復活アイテム持ってたんだ、我!」


「……で、どうするんスか? 起死回生のアイテム、さっき自分で溝に捨てましたけど」


「うわあああぁぁぁぁあああ」


 両手で頭を抱え、これ見よがしに絶望をアピールするハーデス。……確かにここまでの幸運ぶりを見ると、失敗した時の反動は大きなものになるだろう。同情するしかない。


「旦那様、お客さんですよ」


「へ?」


 言われて振り向けば、ペルセポネの隣に一人の青年が立っている。屈強な体格、穏やかな顔立ちの美丈夫だった。


 ただ、神ではない。ハーデスに訪れる客なんて大抵は神、冥界関係者だが、この青年はどちらでもなさそうだ。故人となっている人物には変わりないだろうけど。


「……オデュッセウス君?」


 コントローラーから手を離して、ハーデスは来客の正体をピタリと当てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る