こっち来ないでください! 1

 視線を激突させる、三柱の女神。

 ペルセポネの目隠しから解放されたハーデスは、ケルベロスの隣に座って事の推移を見守っていた。


「我、逃げたい……」


「俺もッスよ。まさかヘラ様がご登場とは……」


 前門の虎、後門の狼とでも例えるべきか。

 アプロディテは確かに人気者だが、一部の女神とは仲が悪い。ヘラはその一人であり、遠い昔にも彼女とは大喧嘩を繰り広げたことがある。


「ちょっとヘラちゃーん? どうしてここに来たのー?」


「アンタがなんか勝負をするっていうか、飛んできたのよ。アタシの目を誤魔化せるとでも思ったわけ?」


「ひょ、ひょっとしてこの部屋に盗聴器でも仕掛けてる?」


 人間程度であれば殺せそうな目で、ヘラはハーデスを睨みつけた。

 情けないことに一発KO。仲良しの愛犬にすり寄って、安全を確保しようと必死だった。


「――ふん。んで、どういう勝負よ? 今度こそアタシの圧勝で終わらせてやるわ」


「アドニスちゃんのー、言い争いになってるの。ペルセポネちゃんが嘘吐くから……」


「はあ? ペルセポネが嘘なんてつくわけないじゃない。つーかアドニスって、アタシ関係ないでしょ、それ」


 声には露ほどの反省も感じられない。ヘラの頭では、自分とアプロディテが勝負をする、という前提で固まっているんだろう。

 場の空気はハーデスだけでなく、ペルセポネも除け者に扱い始めた。


「おら、勝負の内容を変えなさいよ。このままじゃアタシが参加できないじゃない」


「んー、どういう勝負にします? 前回は私が勝ちましたしー、ヘラちゃんが決めていいですよー?」


「ぐっ、相変わらずムカつくやつね……」


「……」


 人の部屋に押し入って、さらに主導権を奪った人の台詞だろうか。

 気持ちが重なったのか、冥界夫婦とその愛犬が目を合わせる。

 触らぬ神に祟りなし。ここまで来ると、傍観者に徹した方が良さそうな気がする。


「じゃあまず審判員から決めましょ。ゼウスは確定ね」


「あー! ヘラちゃんズルい! じゃあ私はアレスとヘパイストスを呼びますからねー!」


「はっ、上等よ。母親であるアタシに味方するに決まってんだから」


「むむっ」


 ここに来て、アプロディテの表情が崩れる。いや最初に気付けよ。

 まあアプロディテが特に親しい人物を呼ぼうとすると、あの二人を外すことは出来ないだろう。ヘラが言った通り、どちらもゼウス夫妻の子供なのだが。


「おら、他に人はいないわけ? いないんだったら、ゼウス・アレス・ヘパイストスの三人で行くわよ?」


「……いいえ、ここは当初の予定通り、ハーデスちゃんに頼みましょ!」


「う、うわああぁぁぁあああ!」


 とりあえず。

 ハーデスは全力疾走で、部屋から逃げることにした。

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