迷惑千万な女神たち 5

「まったく、どういうことですか。一年の三分の一を自由に出来るのに、それを養育者である私に使わないなんて」


「うふふ、それだけ彼が私のことを気に入っていたのよー。普通の道義を無視するぐらいにねー」


「そこは叱ってくださいよ! アドニス君が貴女みたいになったらどうするんですか!?」


「なるわけないでしょー。あの子は、私のことが一番好きなの。――分かったかぁ? 小娘」


「むっきいいぃぃいい!」


 どうも、二柱の対立は収まりそうにない。

 しかしハーデスは、我関せずを貫いていた。どうせ目隠しされているし、黙っていれば大丈夫という魂胆だろう。


「だいたいー、ゼウス様が決めたことでしょ? アドニスは一年の三分の一を、それぞれ私、アナタ、自分の自由に使える、って」


「ええ、そりゃそうですよ! でも礼儀を教えないでどうするんですか!? 普通、最後の時間は育ての親である私のところで過すべきですっ! ――旦那様もそう思いますよね?」


「えっ」


 予想していなかった変化球。

 相変わらずペルセポネに密着されたまま、ハーデスはうろたえ始めた。


「わ、わわ、我に意見を求めるの!?」


「当然です! 旦那様、あの子と面識あるんですから! どっちが正しいのか言ってください! ま、もちろん私でしょうけど?」


「う、うう……」


 あまりにも恐ろしい選択である。

 ペルセポネを裏切るのはもちろん、アプロディテだって敵に回せばどうなるか。ギリシャの女神はしつこいのがお決まりとも言えるし。


「……えっと、このことについては忘れるってことで、どう?」


「駄目です!」


「そうよー」


 開いた口が塞がらないとはこのことで、ハーデスさらなる絶望の底に沈んでいく。

 ケルベロスは静かに欠伸をするだけだ。女神同士の争い、首を突っ込む気は毛頭ない。自殺行為だし。


「――でもちょっと待って。ハーデスちゃんが審査員なのは、私に不利じゃない?」


「っ!」


 ハーデスの表情が一変する。

 そう確かにその通りだ、考えるまでもない。


「じゃ、じゃあ誰に審査を頼むんです?」


「んー、そうねえ、ここはヘパイストス様かアレスちゃんに――」


「旦那と愛人ですよね、それ! 何をどう考えたってイカサマなんですが!?」


「えー、いいじゃない。私の美貌に免じて許してー」


「許しませんっ!」


 火花を散らしながら、いっそう強く睨みあう二人。

 もう仲裁は諦めた方がいいんじゃないだろうか? どっちも譲る気配はないし。


「仕方ありません、こうなったら腕っ節で勝負です。それだったら私が絶対勝てます」


「私が絶対に負けるじゃないー。だからここは公平に、美しさで勝負しましょう。女神だったら、当然ノってくれるわよねー?」


「う、うぐぅ……また断り辛い条件ですね」


「でしょでしょ? そうと決まれば始めましょ。審査員は――」


「ちょーっと待ちやがりなさーい!」


 爆音を鳴り響かせ、言い訳の余地もない勢いで扉を粉砕する某女神。


「アプロディテと勝負ですって!? このヘラ様を混ぜないたぁ、いい度胸じゃない!」


「うわぁ……」


 今すぐにでも逃げ出したい男性勢二名。

 諦めを含めた声が、揃って口から漏れていた。

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