取り戻せアンケート! 7

「カナートスの泉で身体を清めてくるがよい。あの時のお主は、どの女神にも劣らぬ美しさよ」


「ほ、本当? み、見たい?」


「無論だ。ワシは誰よりも、身を清めたそなたの美しさを知っておる。男として無視できるわけがあるまい?」


「そ、そう。なら仕方ないわね」


 ヘラは満足気に頷くと、ゼウスと腕を組んで去っていった。

 残された面々は、彼女の変貌っぷりに唖然とするしかない。


「ゼウス、適当なこと言ってなかったかな……?」


「それで籠絡ろうらくできる辺り、ヘラ様もゼウス様には弱いってことですね。そう、まるで私達のように!」


「そ、そうだね」


 ともあれ、最大の危機は去った。

 ペルセポネとアプロディテの勝負も決着したようなものだし、これでハーデス達は冥界に戻れる。


「でも駄目よー? まだ、私には切り札があるですからねー!」


「クソビッチが何か言ってますよ、旦那様」


「ちょ、ちょっとペルセポネちゃん!? その呼び方は酷くない!?」


「いいえ、正常です。だって私達、アドニス君を奪い合う敵でしょう? 罵倒し合うのは当然だと思いますが……」


「そ、それもそうね。だったら私も、本気で相手をするわー!」


 高らかに宣戦布告しながら、彼女が取り出したのは一本の矢だった。

 金の矢じりを持つソレは、生殖の神エロスに由来する品。


「ふふふ、コレが突き刺さると、その人は恋の炎に燃え上がるの! だからハーデスちゃんへ使って、私の虜にさせて――」


「ていっ」


 ペルセポネは、いつの間に近づいたのか。

 効果を説明するアプロディテから、容易く矢を叩き落す。

 落ちた矢は美の女神に刺さり、辺りの空気も静まり返った。


「あ、あ、ああ……」


 まさかの展開に、ワナワナと震えるアプロディテ。してやったり、とペルセポネは嘲笑を浮かべている。

 果たして、矢の力はどのように発揮されるのか。

 アプロディテは小さく震えたまま、自分の両手を見つめながら言う。


「なんて美しいのかしら、私……」


 彼女の口から出てきたのは、普段とあまり変わらない台詞だった。


「この手も、指も、足も、顔も! 惚れ惚れするわ……ああっ抱きしめたい!」


 などと。

 身を悶えさせながら、自分で自分を抱きしめている。

 もうハーデスとペルセポネのことは眼中にないようだ。意味のない一人芝居を続けて、彼女を助けようとする神もいない。


「さて、帰りましょうか」


「え? い、いいの?」


「しばらくすれば元に戻りますよ。確証はありませんけど」


「不安しかない……」


 まあ本来の目的は達成したのだ。天界に長居する必要はない。

 本心からの安堵を零して、ハーデスは踵を返す。


「……ところで我が王。私とケルベロス殿は、同行する必要があったのでしょうか?」


「え、えっと……」


 アイアコスはいつも通り真剣かつ、悪気のない表情で問いかけている。

 ハーデスは必死に考えるが、手頃な答えなど見つかる筈もなく。

 とりあえず謝罪して、一件落着? となるのだった。

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