土俵外の戦い5

東京都内、新宿区。23世紀の世界では超巨大タワー型都市コロニー、通称『新宿バベル』がそびえ立っている。新宿区の面積の20%が新宿バベルであり、20層におよぶ階層エリアではあらゆる社会活動が行われ100万人が生活を営む、まさに未来型超都市。

下層部は主に商業エリアとなっているが、第2層は世界有数の飲食街として知られる。高級店からチェーン店、B級グルメ、屋台、立ち飲み屋まであらゆる食が軒を連ねる。

その一角に『すしの蓮木屋』という店がある。なんということはない全国チェーンの回転寿司の店なのだが、この日の店内の風景には通常の営業時間とは異なる違和感があった。

6人がけのテーブルに座る巨大な男がひとり。寿司が流れてくるレーンをしゃがみこみながら寿司ののった皿を大きな指でつまむと、使い慣れない箸で口へと運んだ。

テーブルの上には皿が高く積み上げられている。

「うわっ、もう結構食べてるなウィリアムス! 」

そこへやってきた声の主はカインケ。テーブルにいた巨大な男はテンペストことクリフ・ウィリアムスだった。

「ウィリアムス、皿は積まなくていいんだ。ここに皿を入れる穴があるだろう? ここに5枚入れるとだな……ほら、ガチャガチャで景品が貰えるんだ! 」

「これはナイスアイデアだ! 日本のカルチャーは面白いな! しかしカインケ、随分詳しいな? 」

「あぁ、実は日本かぶれでね。今月からすしの蓮木屋ガチャの景品が大相撲フィギュアコレクションになったのもこの強化合宿に参加した理由のひとつだったりするんだ。あぁ、もちろん主目的はちゃんとしてるから誤解しないでくれよ」

そう言いながらもカインケは慣れた手つきで皿を回収システムへ投入していく。

ちなみに大相撲コレクションには古今東西の日本の大相撲力士がフィギュアになっている。当然のように伝説の横綱などは排出率が低く設定されており、現在活躍している力士は比較的出やすくなっている。

「おい、レアフィギュアはじゃんけんだぞ。ここは俺の奢りなんだからな」

そこへやってきたのは猛龍。この回転寿司屋へ皆を呼んだのは猛龍だ。先日の土俵外力士襲撃の件があり、打診に応えた者がここへ招集されていた。

「ようするにだ。たくさん食えばフィギュアもゲットできるんだろ? な? 」

ウィリアムスは流れてくる皿を次々にテーブルへ並べ、拙い箸さばきで口へ放り込んだ。

「なんだか品がないな……。ファストフードの回転寿司だからまぁいいけど、おっと大関四天王白象ちゃんのフィギュア出たぞ」

そう言いながら慣れた手つきでカプセルを開封し、ビンチョウマグロを箸でつまむカインケ。

「デリシャス! ローリングスシ最高! 」

「それには同意するよ」

親指を立て満面の笑みで寿司を頬張るウィリアムスにカインケはお茶を差し出した。

「おそろいのようだね!」

遅れてやってきたのはオランダ人でモデル兼力士のマンジー。

「えっ、マンジー! 彼も参加するのか!? 」

「あぁ、彼から連絡があった。参加したいと」

カインケは仲間が増えたことが単純に嬉しい驚きの声を発した。

「いやー、さすがに3人というのは心細かったんだ! 君もよかったら仲間の印にフィギュアいるかい? 」

カインケは先ほどカプセルから取り出した白象のフィギュアを差し出した。

「なにそれ、いらない」

笑顔ではあるが、マンジーは遠慮などではなく一切フィギュアには無関心という態度だ。

「あぁ、うん⋯⋯。そうだよね⋯⋯。まぁ座ろう」

カインケが促すとマンジーは長椅子に腰をかけ、同時に猛龍に声をかけた。

「ところで例の土俵外力士の連中は大丈夫なのかい? ここもセキュリティちゃんとしてる? 」

「その点は問題ない。実はあの後、HEAVENを使って東京で最も安全な場所を調べてみた。そもそも東京は安全度は高いらしいが、特に新宿バベルは安全で、さらに飲食街は個人を狙った犯罪には最も不向きらしい。今日はこの店も貸切にしているしな」

実はスーパーコンピューターHEAVENは民間人でもアクセスが可能なのだが、日本では総理大臣の承諾が得られた上で、責任者監視の元、限られたコンピューターでのみアクセスができる。日本では東京都庁の『HEAVEN質疑室』通常は承諾まで半年待ちが普通なのだが、猛龍は横綱の権限をフル活用して12時間で承諾を得た。

ちなみに5分の質疑に70万円の料金が発生する。

「すぐにHEAVENが使えたのか!? さすがは横綱だ! 土俵外力士のことは聞かなかったか? 」

「あぁ、当然聞いた。だが『お答えできません』だそうだ。いまだに公になっていないテロリストの情報を一般人に教えるわけにはいかないんだろう」

「そうか。高額の料金を使ってでも聞きたいことになると、HEAVENに答えられないことがほとんどになるらしく、HEAVENの回答率は20%を下回るって聞いたことがある」

「なんでもかんでもは教えてくれないってことだな」

カインケと猛龍が話している間もウィリアムスの寿司をつまむペースは変わらない。マンジーはそれを見ている。

「安全性というならばだが⋯⋯」

表情が真剣みを増し、少し声が大きくなる猛龍。3人をかるく睨みつける。

「おまえたちの誰かが土俵外力士、または全員が。もしくはそれに準ずる者である可能性だって否定できないわけなんだよな⋯⋯」

猛龍の言葉にそれぞれ反応する。そう言われればそうだという態度のマンジー、自分は違うというウィリアムス、そして緊張感を漂わせるカインケ。

「だから問おう。なぜこの強化合宿に参加するのか、何を目的とし、何を目標としているのかをしっかりと教えてくれないか? 」

猛龍の言葉に数秒の沈黙が流れる。その静寂を破ったのはカインケだ。

「いいだろう。まずは私からだ。先日も言ったが優勝候補である猛龍に同行し、土俵外力士への対抗手段を研究したい。そして祖国を守護力士の国にしたいと思っている。私は警察として力士として土俵外の戦闘を許すわけにはいかない。なんの保証もできないから信用するのは難しいかもしれないが、私の言葉を信じてもらうより他はない」

まっすぐに猛龍を見据えるカインケ。その言葉に嘘はないようだ。

「うん。よっぽどの陰謀でもないかぎり、おまえに俺を騙す理由もないだろうしな。ひとまず信じるよ。……じゃあ次、マンジーおまえは? 」

猛龍に声をかけられたマンジーの顔から先ほどまでの笑みが消え、眼光は鋭く別人のように表情が強張った。

「僕はある意味単純な動機なんだけど、ある男を殺すためにスモウをやっている」

「待て……、殺す? 穏やかじゃない話だな」

「本当に殺すわけじゃないさ。殺してやりたいほど憎んではいるけどね。そいつはスモウワールドカップの予選を勝ち上がっているキューバ代表のキャッツ・シーク・ホークスアイ。元オランダ代表力士の裏切り者だ」

キャッツ・シーク・ホークスアイ。元々はマンジーと共にオランダ代表選手として活躍した力士。打撃主戦型のファイトスタイルで、長身かつ細身の黒人選手。

力士としての人気はあったが、ある種の問題行動が多く、嫌われ者としても名が知られていた。そして問題行動の延長線上にキューバへの亡命があった。

「そいつをどうするつもりなんだ? 」

「奴をなるべく早く敗退させたい。猛龍、君がこの大会で優勝すれば最悪でも決勝トーナメントで奴と当たって倒せるだろう? 本当は僕が直接対戦して敗退させられれば文句ないんだけど、正直スモウはまだ初心者でね。二次予選で君とモルノフに負けて予選敗退というザマだ」

「あぁ……なんか悪いな」

「まぁいいさ。君には僕が一級品のボクシング技術を教えるよ。ホークスアイのクソ野郎をボコボコにしてくれよ」

「な、なんだか荷が重い感じもするが……対戦することになるようなら倒すとするよ。……最後だ。ウィリアムス、おまえは? 」

ウィリアムスが寿司の皿を置き、猛龍を見た。

「実はアメフト選手として復帰するのがオレの夢なんだが、先日とあるリーグから1試合限定で出場のオファーがあったんだ。1試合だけのエキシビジョンゲームだから面白い選手がいたら連れてこいと言われてるんだけど、猛龍おまえ出ないか? 」

「…………はぁっ?! 」

「本当は合宿中にそれぞれ声かけたり、有望な人材がいないか聞いて回る予定だったんだが、どうせ声かけるなら日本の横綱のおまえが参加してくれりゃ最高じゃねえかよ」

「それで俺が行くと思うか? 」

「簡単にのってくれるとは思ってねえよ。ただよお、三次予選や決勝トーナメントは超パワー型や超重量型だって出てくるんだぜ? オレ以外でそれを想定した練習ってできるのかなぁ? アテはないんじゃないかなぁ? 」

「こいつ……案外計算高いな……」

「フッフッフ、アメフトもプロレスも賢くないとできないんだぜ? 」

「まぁ、一応、一応考えておいてやる⋯⋯。だがな、いろいろ事情もあるし、ほぼ無理だからな! 」

現実問題、打撃ありのファイトスタイルへの転向、他国力士との強化合宿等あり、猛龍は日本大相撲協会から厳しい目を向けられていた。許可なく他スポーツ競技への出場などあれば除籍は免れないだろう。

「日本のヨコヅナを無職にするわけにはいかないから無理は言わないでおくけどな。前向きに考えておいてくれ。……さぁ続きはスシを食いながらにしようじゃねえか! とりあえずビール20杯頼むけどいいか? 」

ウィリアムスはオーダーに使うタブレット端末を指差し言った。

「気楽なやつだなぁ。まぁいい。気分を盛り上げていくとしようか。私も飲むからビール注文してくれ。このビールの注文数はフィギュア貰えるやつのカウントに入らない? 」

ウィリアムスのマイペースに呆れるカインケだったが、おかげで緊張もほぐれていた。

「ビール他飲み物じゃフィギュア貰えないぞ。たくさん寿司を食え! 俺のおごりだからなッ! ビールはあと10杯追加だ! はっはっは! 」

猛龍は大声で笑うとウィリアムスの肩を思い切り叩いた。

「あ、僕は常温のミネラルウォーターしか飲まないことにしてるからビールはいらない」

空気を読まないマンジーに対し、三人は眉間にシワを寄せて睨む。

「日本の回転寿司では水はセルフサービスだから取ってきたらいい。ウォーターサーバーに冷た〜いのが入ってるよ! 」

カインケが意地悪そうに言うとマンジーはやれやれといった顔で水を取りに行った。

「まったく、一流モデルは体調管理も大変だな……。おっ、元横綱の玉竜鬼出たぞ。私としてはこういう力士体型の方がかっこいいヒーロー像なんだよなー」

カインケはカプセルを開けて出てきた玉竜鬼のフィギュアをまじまじと眺めた。

「オイ! レアはじゃんけんだろ! あんまり先輩力士を取り合う構図というのもなんだが……」

「まぁまぁ、フィギュア出揃ってからじゃんけんにしようぜ。皿取るから食べてくれ。エビエビマグロイカサーモンサーモンサーモンカンパチマグロマグロタコ炙りサーモン生ハムエビアボカド茶碗蒸し」

カインケが並べる寿司を猛龍とウィリアムスが口に放り込む。ケインケも食べながらカプセルを開ける。寿司が消えて無くなり、皿はフィギュアとして並ぶ。

「一瞬でフィギュア増えたな……」

水を手に戻ってきたマンジーは率直な感想を述べた。

「ところでさ、猛龍、あんたの目標はやっぱり優勝なのか? 」

寿司を頬張りながらウィリアムスが尋ねると猛龍は真剣な表情に切り替わった。

「それもあるが……俺としてはそれよりやはり……」

猛龍は片手に持ったビールジョッキを置き、フィギュアの群れからひとつを取り出した。それはレアフィギュアとしては混入率がかなり少なめに設定してあるスーパーレア、奔王のフィギュアだった。

「こいつを超えることだ。こいつに勝てなければいつまでも俺は2番だ。2番目に強い力士。最強の次の人。そこではナンバーワンにはなれない。こいつを倒してやっと俺は横綱になるんだ。宿命と言ってもいいだろうな」

猛龍の言葉を聞き、力士三人は猛龍の背負う格闘家としてのプライドを垣間見た。それぞれ境遇は違うが、闘ってきた者として感じ入るものがある。

「あんたも大変なんだな。できる限り協力させてもらうよ」

カインケが言った。

「あぁ、そのためにはまず余計な土俵外力士をどうにかしなくてはな」

猛龍がそう口にしたその時、貸切で客がいない店内の奥の席から声がした。

「それにはあなた方だけの力では無謀ですよ」

そこには男がいた。体格の良いアジア人らしき力士だ。完全に気配を消し、いきなりそこへ現れた。

「何者だきさま! 」

「私はフンベルトギーン・フアンドゥン。元モンゴル代表力士です。土俵外力士についてお話をしに来ました」

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建御雷神ータケミカヅチー 藤瀬大喜 @lastboss

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