空箱

スモウワールドカップ二次予選の中継が終わり、壁面のビジョンはテレビコマーシャルが流れ始めた。


「どうする? 専門チャンネルから取組別で観れるぞ?」

建御雷神は空中を指先でなぞり、壁面のビジョンに映るサムネイル画像をスクロールした。通常、人がイメージする神からは想像がつかないシュールな光景だ。


「いや、今日はやめておこう。日本に帰ったら部屋の者と観るとする」

奔王はそう言うと壁面のビジョンを指さしてオフにした。


「そうか。ロシアのモルノフ、日本との国際情勢も絡んでるから、国家をあげておまえの首を狙ってくるだろうな。それから、猛龍も化けたな。二番手の猛龍はもういないと思っておいた方がいいだろう」

武者がえしの袋を開封しながら建御雷神は話を続ける。


「あーあとな、SUMOUスモウ勢がもてはやされがちではあるけどね、本来お仲間である伝統的相撲をやってる力士たちも侮れないだろうね。さっきのテレビではやってなかったけど、モンゴル相撲と同時に相撲も盛んなモンゴル。そして、スモウワールドカップ特別枠で出場しているハワイにも注意だ。奔王危機一髪だな」

「戦う相手はすべて警戒している」

二次予選を勝ち残り三次予選へ進む力士はもうそれだけで強豪であった。テレビ中継でピックアップされるような目立った活躍をする名の知れた力士だけでなく、地味ながら堅実な相撲をする力士こそ実は注意すべき相手なのかもしれない。


「ではそろそろ人が来るだろうから私は去るとしよう」

箱に入った武者がえしをひとつ掴むとパンツの腿のあたりを払い、建御雷神は立ち上がって部屋をのドアを開けた。


「ちょっと待って。最後にひとつだけ聞かせてくれ」

「なんだ?」

「あなたが人に見えない存在であることは理解できる。厳血顕現を修得した私に見えるのもわかる。ただ……」

「ただ?」

「……猛龍には見えているのか?」

奔王がそう聞くと建御雷神はしばらく何かを考え、笑った。

「それを聞くのは奔王、アンフェアなんじゃないか? じゃあな」

それだけ言うと建御雷神は部屋から去って行った。


奔王は建御雷神の言葉をもう一度思い起こし、自分の頭の中に浮かんだ疑惑が真実味を帯びたことに気がつき、栄養剤を喉に流し込んだ。

獅桜の買ってきた栄養剤の味が酷く苦い味に感じた。

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