巨星
キックボクシングジムでコンビネーションパンチからのキックの練習をしている髷を結わえた日本人力士がいた。猛龍だ。
二次予選ではボクシングスタイル、組み合ってからの膝蹴り、立ち関節からの投げなど、創造性豊かなファイトスタイルで戦っていた。
「もうひとりの日本人横綱、大相撲第98代横綱、
猛龍の成長は著しかった。元々素質があり格闘技全般を短期間で吸収した。打撃では間合いの取り方や攻撃防御共にセンスがあり、当て勘も優れている上に、速さも備えている。
その恐るべき才能に相撲の技が複雑に絡み、手の付けられない強さ、まさに猛る龍のごとき強さになっていた。
二次予選で対戦した強豪たちは猛龍の複雑怪奇なファイトスタイルに手も足も出なかった。
「猛龍は奔王と違って元々は結構やんちゃな性格なんですよ。実は喧嘩っ早くて負けん気が強い。でも体育会系縦社会の相撲の世界では鳴りを潜めてたんですね。それでも十分に強かったんですけど、
「なるほど。有識者からは優勝候補の一角と言われてきた猛龍選手ですが、玉竜鬼さんはどうご覧になられますか?」
「先ほども言ったように彼は負けん気が強いですからね。ライバルである奔王が勝ち進んでいる以上は気迫が違うと思いますよ。つまり三次予選までの一ヶ月でまだまだ強くなる恐ろしさを秘めていると思います。優勝は十分に狙えるでしょう」
「猛龍選手も優勝候補のひとりということですね。猛龍選手、一次予選全勝。二次予選は5勝1敗で予選通過です」
二次予選5勝1敗。恐るべき強さを誇る猛龍であったが、敗北した相手がいた。
映像は二次予選会場、猛龍と対戦する力士が入場口から入ってくる。体の半分をサイボーグに改造された男が、冷たい目で土俵を見つめている。
「スモウワールドカップ前回大会優勝者、ロシア代表、国際平和維持軍大佐、フィシカウワ・モルノフ選手です。人類最強の男と猛龍の戦い、ノーカットでお送りします」
立ち合いの瞬間、右フックで襲い掛かる猛龍、右フック、左ボディブロー、右アッパーの連携がモルノフに的確にヒットするが、モルノフもパンチの連携とローキックで返す。両者一歩も引かない。
どちらからともなく組み合うと今度は投げの応酬が始まる。互いに投げ合い、それを相殺する。
モルノフが投げからのフェイントでゼロ距離からのショートフックを狙う。
当たれば確実にノックダウンの腰が入ったショートフック。猛龍は投げを狙っていたために手を放すという意識はない。相撲取りの性分だ。
だが、だからこそ猛龍は手を放す。フェイントを見切り、ショートフックへのカウンターを返す。
カウンターがモルノフの顔面を直撃する寸前、カウンターの腕を掴まれる。
モルノフはそこまでを見切っていた。
掴んだ腕を使い豪快に猛龍の体を放り投げた。
美しい弧を描く一本背負い。猛龍の体は土俵の下へ転がり落ちた。
「モルノフ選手、猛龍選手を制して一次予選、二次予選ともに全勝です。しかし玉竜鬼さん、どうでしょうか?」
「ええ、そうですね……。何といっていいか……」
アナウンサーRRスタインと解説の玉竜鬼はお互いの顔を伺いながら言葉を詰まらせた。
「前大会の後、事故によりサイボーグ化を余儀なくされたモルノフ選手……ですが、やはり……」
モルノフ選は国際平和維持軍での活動中に、不慮の事故によって肉体の40%を失った。痛ましい事故であったが迅速な対処で緊急手術を行い、命はとりとめた。
培養した細胞で肉体を補填し回復させることもできたのだが、培養細胞では肉体が事故以前の戦闘能力を発揮する程度に馴染むまでは数年の時間がかかり、今回のスモウワールドカップでは戦うこともままならないということが判明、モルノフはロシア政府の研究機関で開発されていたモルノフのコピーともいえる戦闘アンドロイド、モルノフ・マシーナのパーツを欠損した肉体の替わりにする決断をした。
モルノフ・マシーナはモルノフの欠損した肉体を埋めるように加工され、モルノフの運動能力を学習し、補填する。しかし、人間の動作を完璧に覚え、元の人間のように馴染むには時間がかかった。しかも相手は人類最強の男だ。調整は難しく、まともに日常生活を送るまで三ヶ月のリハビリを要した。
「そうですね、前回大会の頃の強さは取り戻せていません。しかしそれでも、猛龍選手ほどの列強の力士が勝てない。それぐらいにモルノフ選手は圧倒的に強いです」
結局モルノフは以前までの強さを取り戻せなかった。
だがそれでも猛龍より強い。それが残酷なまでの真実だった。
残酷な現実はそれだけではなく、モルノフ・マシーナはモルノフの動きを学習し、徐々にあるべきモルノフの強さを再現しつつある。
強敵との戦いを繰り返すほどにモルノフ・マシーナの学習は加速する。猛龍との戦いでまた一歩モルノフは強さを取り戻した。
そして、モルノフの強さの一端を見た猛龍は敗北に悔しさを滲ませて会場をあとにした。しかし落胆することはなく、むしろこの一敗が彼の闘争心とプライドに火をつけた。
人類最強の男との一敗、奔王と差が付いた一敗。
自分の中の許すことができない敗北の雪辱を晴らすために、彼はここからさらに強くなる。
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