機械仕掛けの雷電為衛門1

埼玉県某所、ある老舗の金属加工会社があった。

昔は世界に誇るトップ企業として、時代の最先端で注目される現場へと特注製品を送り出したものだったが、世界全体の技術レベルが飽和状態になり、需要と供給が吊り合わない現状に追い込まれ、特殊な加工技術や知識を持つベテランを持て余す日々が続いていた。

世界から軍事産業が解体された煽りをくらったりもしたが、いまだに軍事力を保持する国際平和軍や、宇宙開発などで使われる特注部品の製造でなんとか会社を維持させていた。


第17回スモウワールドカップ予選より3年前、2212年夏。

その金属加工会社に人型の機械、アンドロイドが訪ねてきた。製造加工の依頼だ。


アンドロイドは秘書タイプに分類されるもので、女性イメージの曲線的な外装をもち、音声も女性の美しい声だった。名前をアン・リといった。


「この通信と交通のある時代に(本人が現れず)あんたのようなアンドロイドたまに来るけど、マスターはよっぽど金持ちか人嫌いなんだよな。あんたのとこのマスターもそうなんだろ? まぁ珍しくもないんだけどね」

担当についた50代後半、年配技術者といった顔の製造部長はそう言ってアン・リを接客室に案内した。


「わたしはアン・リ。マスターはパウル・ガラグインといいます」

「ん? 何人?」

「元々家族のルーツはインド人ですが、今の国籍はシンガポールです」

「へぇ~」


アン・リは挨拶もそこそこに、依頼する金属合板の資料を掌から投写されるホログラムで立体投影した。

それはまだ開発、運用されたことがない未知の合金だったが、資料の中にはそれを製造するための理論が余すことなく説明されていた。


「……だが、こんなものを製造する研究機材や設備、というより施設そのものが無い。提案は面白いがうちでは無理だ」

部長はアンドロイドの突拍子も無い提案に技術者の探究心をくすぐられながらも冗談を聞いたように笑って返した。


「予算ですが、日本円で80億円ほど用意できます。提案を受けていただけるようでしたら明日にでも20億円お渡しできます。開発研究の20%程はこちらでサポートします」

アン・リは機械的に実現のため必要な段取りを説明した。


「本気で言ってるのか?」

「冗談を言うプログラムは組み込まれておりません。1年でこの金属合板の製造、任意の形状までの加工をできるようにお願いします」

「まさか兵器でも作ろうっていうんじゃないだろうな?」

「犯罪サポートにはロックがかかるようプログラムされております。兵器ではありません。マスターはただ『夢』と言っていました」


アン・リはその後も契約説明を淡々とこなし、帰っていった。


その数日間にアン・リは日本の特殊製造企業を数社訪問し、特殊カーボンケーブルと特殊樹脂の開発の契約を取り付けた。

契約に使った総予算額は日本円で170億円を超えていた。




2213年


「予定よりも多額の資産を削ることになりましたが想定内で収めることができました。これで私の心配も一段落というところです」


そう流暢な語りで話すのはアンドロイドのウジェーヌだった。


「資材の製作を依頼した企業にも引き続き協力いただくことにしましょう。これからが本番とも言えるかもしれませんね」


同じように流れるような美しい語り口調で話すのはアンドロイドのアン・リ。

ウジェーヌとアン・リは双子兄妹のアンドロイドだ。少年と少女をモチーフとしたデザインのアンドロイドで、人間の仕事の補助を目的に作られた。

それぞれにソフトウェアが微妙に異なり、ウジェーヌが事務やコンピューターやメカニック。アン・リは人間関係の交渉術に優れていた。


「うーむ、素晴らしい出来だな。機甲力士の傑作というに間違いなかろう。日本の横綱、奔王のデータをベースに作ったが上手く使えば奔王をも倒せるかもしれんな」


そう言い、満足そうな顔をしている、ドレッドヘアーを後ろで束ねた長身のその男はパウル・ガラグインだ。

インド系シンガポール人の当時大学3年生で、父親は工学系の世界的大会社を経営している。ガラグイン本人もその道のサラブレットで、幼少期から機械に慣れ親しみ、中学生で初めて特許を取得し、17の特許を持っている。

父親の会社を大きくしたのもその特許の力があったからだ。


アンドロイド、ウジェーヌとアン・リを作ったのもガラグインだ。

そしてガラグインが自画自賛した目の前にあるパワードスーツ型のロボットもガラグインが作ったものだった。


高さ190㎝、重さ209㎏、鎧武者や仁王像に見える厳つい巨体、特殊合金のボディを持ち合わせた、戦うための機械。

機甲力士「雷電」それがそのロボットの名前だった。

雷電は伝説の力士、雷電為衛門から拝借したものだ。


外部装甲の特殊合金はあらゆる衝撃に耐え、計算上は大気圏からの突入にも耐える。

動力は雷電のために開発したカーボンケーブルと液体樹脂を使った、自由に動く油圧シリンダーのような「筋肉」だ。

ストローのような細いものだが1本で成人男性一人分に相当する力を引き出せた。そして雷電の体にはそのカーボンケーブルが120本仕込まれていた。

(単純計算で120人分の強さ、とはいえないが)

遠隔操作も可能ではあるが、背部が開くことにより人が入って操作することで真価を発揮する設計になっている。


ガラグインが今いるここは、シンガポール工科大学の研究室のひとつで、特待生で飛び抜けた能力を持つガラグインが特別扱いで与えられている研究室だ。


「今のところ僕の計算上では地球上で一番強い物体になるな。なるよな? こいつだったら世界ロボットスモウ大会ぐらいは余っ裕~で優勝だろう。……それで? どっちが乗るの?」


ガラグインは喜びが抑えられないようで、口角が上がったまま喋った。


「え……? あのー……」

「……私達のどちらかが乗る想定だったんでしょうか?」


ウジェーヌとアン・リはアンドロイドらしからぬ戸惑いで言葉を返した。


「え? だって僕より君達のほうがたぶん向いてるでしょ? っていうかさ、そうゆう設計で作っちゃったからさ、160センチぐらいまでしか乗れないのよ。僕180以上あるじゃない?」


「向いているとしたら私の方ですし普通の人間より上手く動かせるでしょうが、しかし雷電のポテンシャルを考えるとベストだとは思えません。たぶん30%も引き出せないでしょう。ロボットスモウ大会までにはせいぜい日常生活を送る程度の動きしか覚えることはできないかと。私、専門は事務ですので……」

ガラグインに対しウジェーヌがそう返した。

設計の際、ウジェーヌが別の箇所を担当し、アン・リが部材発注に追われた隙にガラグインがうっかりやってしまった独断によるミスだった。

ガラグインは科学分野の天才であるが、イージーな伝達ミスをやらかすのは常であった。

(それをカバーするためにアンドロイドの2体がいるわけだが)


「ちょっとー! なんでそんな設計になってんのおまえー!」

「いや、そう言われましても……(あなたが作ったわけなんですが)」


わかりきった自分のミスをウジェーヌに八つ当たりするガラグイン。

ガラグイン、痛恨のミスだったが、これが後にターニングポイントになる。


「要するに適役の操縦者を見つければいいわけですよね? それでしたら案外簡単に逸材をスカウトできるかもしれません」


アン・リはそう言って掌の立体映像モバイルを開いた。

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