目覚める猛龍

時間は前後するが、猛龍のいた第一次予選Bブロックの第一試合は、総合格闘技、パンクラチオンEU大会の出場選手同士での因縁の対決だった。


イギリス代表。ボクシング、空手をバックグラウンドに持ち、対戦相手の骨をも粉砕する豪腕パンチの持ち主、ビル・ブロックマン。通称、鉄拳のビリー。


対するはデンマーク代表。キックボクシングをバックグラウンドにする、打撃、寝技共にバランスよく優れた選手、“ザ・ヴァイキング”ヴィケトール・ニールセン。


互いにスモウワールドカップには初参戦。パンクラチオンEU大会の決勝トーナメント常連のふたりで、壮絶な打撃戦になることで名が知れ、お互いに重症の大怪我を負わされた相手で、犬猿の仲だった。

特に鉄拳のビリーは前回のパンクラチオンEU大会で、ヴィケトールのグラウンドからの打撃と関節技で肋骨と肘を折る重傷を負わせられていた。

一時はリング外で殺すつもりの報復を考えていたほどだが、トレーナーやジム仲間に諭され、ヴィケトールも参加を表明していたスモウワールドカップでのリベンジマッチへと標的を定め、考えを改めた。


だがビリーにはルールの範疇での報復が頭の中を渦巻いていた。

徹底的に破壊の拳を磨き上げ、瓦割り、レンガ割りを習得し、コンクリートブロックを粉砕させるほどの堅牢な拳を作り上げた。

ただひたすら、因縁の相手を叩き殺すためだけの殺傷能力が必要だった。


一次予選の一試合目に因縁の獲物と戦える。これは運命のリベンジだとビリーは狂喜した。



試合当日。腕に手錠をかけて入場するビリー。

パフォーマンスではなく、なにもしないままだとヴィケトールに殴りかかる心配をしたセコンドの配慮だった。

185㎝、体重150㎏と大男が多い中では身長は小さい方に入る。

坊主頭で無精ひげ、髪は茶色。豪腕であることを思わせる大きい拳と図太い腕に風格がある。


対するヴィケトールはヴァイキングの衣装で入ってきた。

角のついた兜に鎧。盾と斧を持ち、侵略する者を表している。

身長194㎝、体重137㎏、縮れた金髪を伸ばし、ヒゲも長い。まさにヴァイキングの風貌だ。

オールラウンドで戦えるであろう体幹が全身の筋肉から見て取れる。

後ろにいる男は父でセコンドのハルヴァールだ。


それをビリーが射殺すように睨みつけている。


報復を誓うビリーだったが、対決にこれといった戦略などなかった。

立ち会いと同時に拳を繰り出すだけだ。

たとえ頭蓋骨に当たろうと粉砕できる自信があった。

ビリーの拳はもはや一撃必殺、直撃すれば肉体のどこでも破壊できる武器になっていた。 同時に土俵の上では逃げ場のないビリーによる処刑場であることを意味していた。



ふたりは仕切り線に立ち睨み合った。

ビリーは拳を握り締め、ゆっくりと腰を下ろす。脳裏に浮かぶのはただひたすらヴィケトールを殴り倒すビジョンだけだ。

ヴィケトールも腰を下ろす。


「のこった!」


瞬間ビリーの拳がまっすぐヴィケトールの顔面に飛ぶ。直撃すれば骨を砕くような一撃だ。

しかしヴィケトールはその拳から斜め上にすり抜けてゆく。

ビリーの拳が空を切る、同時にヴィケトールの膝がビリーの顔面を捉えた。

立ち会いの瞬間、ヴィケトールは舞い上がり膝を突き出した。フライングニー(飛び膝蹴り)を繰り出していたのだ。


顔面にフライングニーが直撃し脳を揺さぶられたビリーは、立ちながらも今まさに崩れ落ちそうな状態だった。

倒れそうなビリーをヴィケトールが掴んだ。そのまま膝をビリーの腹部に1発、2発と入れ、手を離す。

完全に意識が飛び、そのままゆっくりと仰向けに倒れそうなビリーにヴィケトールは狙いすましたようなハイキックを首筋にあびせ、土俵になぎ倒した。


「うおおおお! 俺がヴァイキングだ!」

ヴィケトールは会場に向かって吠えた。


日本の大相撲では当然見られない、打撃のみで制圧する攻撃的戦闘スタイルをヴィケトールはアピールし、自身の存在を誇示した。


試合後のインタビューでヴィケトールは語った。

「パンチだけに頼ってるようなやつはSUMOUには向いてねえ! ボクシングでもやっていろ! 俺のオールラウンドな打撃技でSUMOU界をねじ伏せてやるぜ! 狙うは奔王だ! まずは猛龍を片付けてやるぜ!」


翌日の試合はもうひとりの日本人横綱、猛龍とヴィケトールの対戦だ。



ヴィケトール・ニールセンの故郷は北欧デンマーク。かつてはヴァイキングが強い力を持っていた国で、ヴィケトールの先祖もヴァイキングだった。

それどころか、とうにヴァイキングなど途絶えた20世紀まで脈々と海賊行為をしていた恐るべき家系をルーツとしていた。

暴力、破壊、そして略奪が当たり前のように生活の主軸とする異常な一族。20世紀末には潜水艦を用い、100人を超える家族を乗せ貿易船を襲った。


だがいよいよそれも終わりの時を迎える。

ドイツ海軍に潜水艦ごと捕らえられ、家族のうち海賊行為に直接関わった人間は終身刑として投獄された。


最年長で船長をしていたトーマスは投獄を免れた子供たちに言った。

「我々一家の海賊稼業も潮時だ。これからはまっとうな仕事で生きるしかないだろう。だが、俺達のヴァイキング魂は永遠に不滅だ! すべてを奪いとるがいい!」


言葉に従うように一家はそれぞれ社会的でまともな仕事を始めた。

そのうち一家の血を最も濃く受け継ぐ男は、海賊稼業の情報力と知識を生かし、ニールセン海運という海運会社を立ち上げた。

裏情報やコネクションを生かし、犯罪スレスレの戦略で会社は市場を席巻した。

そのうち奪い取るように他社を吸収合併し、マフィアなどの裏社会を抱き込み、会社はみるみるうちに大会社になっていった。


ヴィケトール・ニールセンは現ニールセン海運の社長ニルスの弟、そして元社長ハルヴァールの息子に当たる。


常に好戦的なスタイルで生きてきた一族において、格闘は絶対的な能力になっていた。

幼少時からあらゆる格闘技を教えられ、兄弟のうちで特に秀でた者は格闘技界へ排出されていた。

ニルスにも才能はあったがヴィケトールはさらに格闘技に秀でていた。

特に貪欲な精神面。異常なまでの戦闘狂がヴァイキングの血筋を感じさせた。


12歳の時、父ハルヴァールの経営する総合格闘技ジムに入門し、打撃を中心とした戦闘スタイルを習得してゆく。


18歳にはパンクラチオンEUに参戦。

リング外でのトラブル、絶対に事件が起きる試合、圧倒的KO率、まさに荒くれ者ヴァイキングの血統を見せつける存在としてリング上に君臨していくことになる。


そして、絶対に逃げまわることができないぶつかり合いの世界、SUMOUと出会う。

スモウワールドカップ参戦を決めたヴィケトールはこう言い放った。


「世界のスモウレスラーをブチ殺し蹂躙する! これ以上の海賊行為はないだろうぜ!」



ヴィケトールのハイキックで倒れたビリーだが、顎の骨の粉砕骨折、頚椎損傷により検査と治療を余儀なくされ、予選中は休場となり事実上のリタイアとなった。



将の海部屋所属、第98代横綱、猛龍翔豪浪(もうりゅうしょうごろう)本名、大河内類は、奔王と比較され、悲運の大横綱と呼ばれる宿命を背負っていた。


彼が相撲に出会うのは高校生になってからだった。

中学時代、彼はサッカー部で、体格も大きく筋肉質な上に天性の瞬発力があったのでゴールキーパーをしていた。

成績も良く、チームの戦力として貢献していたのだが、彼の性格とはいまいち合わなかった。

彼はチームの一番後で、守りの要として存在することがしっくりこなかった。例え守護神と崇められたとしても、気持ちは攻め、前に出ることを最も好むタイプなのだ。

そのため、高校に入ってからは格闘技をやろうと心に誓った。


高校生になり、しばらくは格闘技系の部活を転々と巡るが、どれも彼の意にそぐわないものだった。

しかし、勧誘は多かった。特に柔道部はしつこく勧誘を迫った。部活見学で彼の体格の良さをからかった柔道部の主将を片手で投げ飛ばしてしまい、好意的な方向で目を付けられてしまった。このエピソードだけで彼の相撲の才能とスター性の片鱗を垣間見ることができる。


しばらくしてなんとなくつけたテレビで相撲中継が目に入った。

玉竜鬼の鬼気迫る立ち姿。恐ろしい強さに衝撃が走った。これしかないと15歳の彼は思った。

翌日には将の海部屋に見学に行き、入門手続きの方法を聞き出していた。


圧倒的な相撲の適性でトントンと新弟子検査を通り、彼は相撲取りになった。

脅威の吸収力で相撲を学習し、相撲のために必要な肉体を作り上げた。

相撲だけでなく、人間的にも彼は優秀であった。兄弟子に好かれ、後輩にも慕われる。彼がどんなに才能に満ち溢れていても妬んだり僻んだりする者はいなかった。

人に愛される人徳が彼には備わっていた。


彼の周りには常に人がいた。例外なく当時最強の横綱、玉竜鬼も彼に惹きつけられた。

次世代を牽引する力士は猛龍に間違い無いと玉竜鬼は確信し、ありったけの技術、稽古、そして心の有り様を教え込んだ。

そのうち玉竜鬼は自分を超えてゆく才能がそこにあることに気がついた。彼は1000年に一人の大横綱になると。



「木鷄」



ある時代の中国、闘鶏を好んだ王が調教師に自分の鶏を預けました。


十日後、王は調教師に聞きました。

「そろそろどうだ?」


調教師は答えます。

「まだ空威張りして闘争心があるからいけません」


さらに十日後、再び王は調教師に聞きました。

「そろそろどうだ?」


調教師は答えます。

「まだいけません。他の闘鶏の声や姿を見ただけでいきり立ってしまいます」


さらに十日後、また再び王は調教師に聞きました。

「そろそろどうだ?」


調教師は答えます。

「目を怒らせて己の強さを誇示しているから話になりません」


さらにさらに十日後、王は調教師に聞きました。

「そろそろどうだ?」


調教師は答えます。

「もう良いでしょう。他の闘鶏が鳴いても、全く相手にしません。まるで木彫りの鶏のように泰然自若としています。その徳の前に、かなう闘鶏はいないでしょう」



「木鷄」

それは69連勝の大記録を作り伝説となった第35代横綱、双葉山定次が目指した境地。

他者に惑わされることなく、鎮座しているだけで衆人の範となる。相撲の求道精神を表した言葉である。



若き日の猛龍の目指す先も木鷄のように道を極めた力士だった。

相撲部屋の中でも特に伝統を重んじ、品格にうるさい将の海部屋の中でもあり、鬼神の如き活躍をしている兄弟子の玉竜鬼も寡黙で強い力士で、猛龍の理想像とする力士が木鷄になるのも必然であった。


しかし、その猛龍の道は奔王と出会うことで大きく変わることになる。


力士としてデビューしてしばらく、後からデビューした御角山部屋の二歳年下の力士と出会った。

奔王悟理。その男は若くしてすでに泰然自若の立ち姿。高みだけを見つめる眼差し。木鷄の境地に立っていた。



共に前頭であった奔王と猛龍、その初対戦は接戦を制した猛龍の勝利に終わった。

将の海部屋が大部屋であり、横綱玉竜鬼の存在と指導、加えて猛龍が次の世代を担う将の海部屋期待の星であることが大きかった。

そして猛龍という人間はその期待を背負うことを快く思う人物でもあり、好敵手の出現に心が踊る。そうゆう人間味のある気持ちのいい男であった。


しかし、奔王に打ち勝った初対戦のその時、玉竜鬼の表情は険しかった。

取組後、猛龍は玉竜鬼に声をかけられ、「絶対油断をするな。敗北の後のあいつは恐ろしいぞ」と一言、助言とも脅しともとれる言葉をもらった。


「油断? 俺だって毎日将の海部屋で地獄のような稽古をしている。二歳下の相手に遅れをとるようなことはない」

そう猛龍は思った。

玉竜鬼の真意に気がつくのはそれからすぐのことになる。


2回目の対戦、組み付いた瞬間、猛龍は戦慄した。

もう10年は各界で歴戦を闘ってきたかのような肉体の洗練。遥かに格上の相手をしているかのような感覚を味わった。

結果、猛龍は手も足も出ず負けた。


敗北の価値。奔王にとっては格上も格下も無く、相撲道を究極に高める材料になる。

誰に負けようがその直後から、心中は溶岩のように煮えたぎり、敗北を噛み締める。眠る時間も含めすべてが相撲に没するほどだった。

それはその昔、玉竜鬼が経験した少年時代の奔王が持っていた熱であり。それは力士になってからもまったく変わっていなかった。


玉竜鬼は悟った。

猛龍は1000年に一人の才能で間違いない。それは揺るぎ無い事実だ。自分もそのうち追いつかれるだろう。

……だが奔王悟理は1万年に一人の才能と言ってしまってもいい。猛龍がここで死ぬ気で追いかけない限り、人類で彼に勝てる者は誰もいなくなるだろう。

……しかし不思議なことに、奔王の相撲に魅せられてしまっている自分もいる。



それからしばらく、猛龍が奔王に勝つことは無かった。


猛龍が厳血顕現を修得するまでは。



猛龍×ヴィケトール戦。当日の朝、猛龍はそれまでの相撲を振り返り、精神を統一させた。


木鷄。それが力士の理想像であることは間違いないと心から思う。そうなれたら、いや、そうなろうと命がけで研鑽の日々を送ってきた。

だがその高みを目指せば目指すほど見えるのは奔王の背中ばかりだ。

「今日から自分は木鷄の道、横綱の道、奔王の行く道を捨てる。 かわりに自分には自分の道、ただの一人の人間としての相撲道の高み、猛龍翔豪浪としての横綱の道を進み、最強を目指す!」

猛龍はおのれの殻を破り、ひとりの力士として生まれ変わった。


それまで理想とするべき横綱像と奔王という存在に囚われ、本来の自分というものが消失してしまっていた。

兄弟子、弟弟子、試合相手、お客、家族を愛し、人間の情に厚い自分と、相撲の理想とする木鷄はまったく重ならないのだ。

木鷄は猛龍翔豪浪という人物像の持ち味とどうしても一致しないし、同居もしない。


その日、猛龍にそれまで無理に演じてきた木鷄の人格は消え去り、プロスポーツ選手らしいハツラツとした表情で土俵に立っていた。

瞳は輝き、早く相撲がしたいという喜びが溢れ出ていた。


好戦的なヴィケトールもそれに呼応するかのように軽く小刻みにジャンプしながら睨みつける。


前回打撃の猛攻による勝利をおさめているヴィケトールの作戦は、まず組み付いてからの膝蹴り、その膝蹴りに怯んだ瞬間にパンチとローキックを浴びせる、打撃による相撲封じを考えていた。

超攻撃的な性格にして戦いの組み立ては繊細かつ隙がない。その上機転も利き、技術体力も一流。

それも全て賞金を奪い取るための貪欲さが生み出すヴァイキングの血だった。


「早く戦おうぜ」そう言わんばかりの目でヴィケトールが仕切り線で拳をぐるぐる回す。血に飢えた猛獣の目で猛龍を睨みつける。

それを視界の端に捉えながらも念入りに肩と足首をストレッチしながら猛龍が土俵の中央に揃った。


「1発目は首相撲から右膝、直後に左膝で意識を飛ばしてやるぜ」

ヴィケトールは下半身のバネを確認しながらゆっくりと拳を土俵につけた。


「はっきよい……のこった!」


立ち上がって組み付こうとするヴィケトールの前から猛龍は遠ざかり、ヴィケトールが気がついた時には病院の酸素カプセルの中だった。


立ち会いの瞬間、猛龍は立ち上がりながら左足は1歩下がり、同時に右足を跳ね上げた。

それは下半身の安定感と強靭な体幹、そして巨体ながらも柔軟な筋骨から放たれたハイキックだった。その中に0.1秒程度の一瞬、厳血顕現の力を練り込んでいる。

理想的なフォームで放たれたハイキックはまさに一撃必殺。完璧な間合いと軌道を描き、視界の外、見えない角度からヴィケトールの首筋を捉えた。


「見えない角度」それはその蹴りそのものの視覚的なことでもあり、日本人力士による想定外の一撃という意味合いも含まれる。

それを表すかのように、総合格闘技の雄であるヴィケトールがまったく反応もできず、顔面から土俵に倒れこんだ。


倒れ込むヴィケトールに意識を向け、猛龍は両手を構えたままでいた。そこにはさりげなくも残心が含まれていた。

勝利が決まった瞬間、その意識は反転し、拳を握り締めてニカリと笑った。相撲道として批判されるべき行動だが、あきらかにこの調子の良さ、感情の発露が猛龍の勝利を引き込んでいることは誰の目から見ても明らかだった。


勝者、猛龍。決まり手はハイキック。


医師が集まり、呼吸や怪我のチェックがされ、ヴィケトールが息をしていることを確認すると、猛龍は胸をなで下ろし一言コメントした。

「いやぁ~やばい倒れ方したんで殺したかと思いました。彼が生きててよかったです」


そう言うと足早に猛龍は土俵から去って行った。


猛龍はマスコミの囲み取材での「ハイキックはいつ頃から考えていたんですか?」という質問に

「土俵に立ったら前日のヴィケトールのハイキックが気持ちよさそうだなぁと思い出して、イケるかなと思ってやっちゃいました」

と答えた。



猛龍は殻を破った。

奔王を己を磨き極める職人タイプの天才だとすると、猛龍は人間的でアスリートでありつつもファンタジスタ的な存在として輝く男だった。

それまでの技とプライドを捨て、直感先行の一撃に賭けても猛龍は勝利できる。

奔王が自らの宇宙に強さを追い求める男だとしたら、猛龍は取り巻く人間の絆や会場の客のうねり、さらには運否天賦も味方につけ勝利を誘い込める星の下にあった。

皮肉にも横綱の重責という枷を外すことで本来の力を取り戻すことになった。


奔王はこの試合についてのコメントをこう残した。

「今の猛龍関に勝つ方法がまったく見当たらない」



取組後、控え室で猛龍を待っていたのは大相撲協会理事長でもある将の海親方だった。

猛龍も予想してはいたのだがそれを上回る怒りの表情で椅子に座っていた。


「なんださっきの取組は!」

廊下まで響くほどの怒声を上げ、怒り心頭の様子だ。猛龍の背筋はピンと張り、言葉がすぐには出てこない。


「ガッツポーズして馬鹿みたいに笑いよって! しかもなんだあのハイキックは? 貴様はそれでも横綱か!」

さきほどまで荒くれ者の象徴のような男を一撃でねじ伏せた横綱猛龍だが、その横綱を巨大な圧力で萎縮させる親方の方が誰よりも強そうに思える迫力だ。


「親方……、親方は私がこの大会を優勝できるとお思いでしたか?」

猛龍は搾り出すように声を出した。


「奔王よりも弱い私が世界で通用するわけないんですよ。大相撲の横綱という称号は世界では武器にはならないんです……!」


猛龍のその言葉で将の海親方の脳裏に前回のスモウワールドカップとその優勝者が浮かんだ。

スモウワールドカップの激戦の中で猛龍が勝ち進むイメージは将の海親方にできなかった。


「横綱のまま、日本の相撲取りのままでは無理です。理事長としては『ルールが違うのだ』と、『相撲の伝統の外の出来事なのだ』と言えるでしょう。しかし親方としてはそれが本心なんですか? 違うんじゃないですか?」

猛龍の言葉に熱がこもってきた。


「当たり前だ! どれだけ日本人に勝って欲しいことか! 海外勢に優勝されてしまうことを想像しただけで頭がおかしくなりそうだ!」

将の海親方も相撲を愛する者であり、大相撲の誇りを大事にしていた。

それ故に横綱が負けることも、横綱が相撲の枠をはみ出すことも許しがたかった。


「では、SUMOUのルールで戦うことを、打撃を使うことを許してください! 横綱のままでは負けます! ですが、私がただの猛龍翔豪浪というただの力士であれば優勝できます! します!」

確信を持った顔で猛龍が迫った。


「うぐぐ……、絶対に……絶対に勝てると言うんだな……?」

将の海親方は今にも吐血せんばかりの顔だ。


「はい!」


「ただし、優勝できなければ引退を覚悟しろ……! わかったな!」


「わかりました! それでもかまいません!」


将の海親方には苦渋の決断であった。誰よりも猛龍の才能を見出しているのもまたこの人なのだ。


猛龍の選択は当たり、第一次予選を相撲の外の技、SUMOUの打撃を駆使しKO勝利の全勝で通過した。

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