機械仕掛けの雷電為衛門3

一週間後、アユミは日本にいた。


東京某所、ゼオドルス本社。ウジェーヌ、アン・リも同行していた。

「祝!角闘技かくとうぎVer21.01完成打ち上げ」という手書きの幕がオフィスの入り口に貼りつけてある。


「無事リリース予定が間に合いました! しかも大幅に前倒しでですよ?」

「リリース後にもあったであろう調整や不具合チェックも完璧ですよ! あなた達は神か!」

「ウジェーヌさん、アン・リさんの働きもすごかったですが、ガラグインさんの驚異的作業量ですよ! 伝説を目の当たりにしました!」

ゲーム会社、ゼオドルスの開発スタッフは沸いていた。おそらく間に合わず、リリース日の延期も視野に入っていたスモウ格闘ゲーム「角闘技」のアップデートリリースが無事にどころか大幅に早く間に合ったからだ。それもこれもガラグイン他2体のアンドロイドによる仕事だった。

アップデートはキャラクター4体の追加とステージの追加。これがダウンロードで購入できるようになる。


結局ガラグインはゼオドルスを買収した。そもそもガラグインの会社とゼオドルスは資本力が桁違いであり、世界的に展開するメカニック機器会社、ガラグインのパウルコーポレーションと、いちゲーム会社のゼオドルスでは規模が格段に違った。そしてゼオドルスにはただ得するだけの好条件だけが並んだ。

ガラグインの目的である、パワードスーツ型ロボットのためのシュミレーターの製作もゼオドルスは好意的に歓迎した。


「有名ゲーマーの備前丹・呉・歩さんまで関係してるなんてゼオドルスとしても嬉しいですよ」

角闘技のディレクターはそう言ってシュミレーターの基礎になるデータを見せた。


「ヤバイです! ヤバイヤバイ! 嬉ションしそうですわ!」

ガラグインが基本的なデータを組み、ゼオドルススタッフが角闘技キャラのデータをかぶせた、まだ荒い出来のシュミレーターを操作しながらアユミは大いにはしゃいだ。

シュミレーターは3Dホログラムの一人称視点でゲームキャラと戦うことができる。

ゲームはもちろん、開発元を見学できた上、共同開発に立ち会えることにアユミは興奮した。


「アユミ様、ツバが……」

アン・リがアユミに注意するが、アユミは聞く耳持たずの大はしゃぎでコントローラーを動かしている。


「ひとまず角闘技のキャラクターデータを使用して調整していきますが、人物データを作って反映させることで実在の力士との対戦シュミレーションもできるようにします。ロボット相撲大会の優勝が目標なのでロボットのデータも入れますが、実在の力士を倒せればロボットなど余裕になるでしょう。あの、聞いてますか……? アユミさん……?」

「うおおおおおお!! 陀伝雷音拳だでんらいおんけん!!!」

ディレクターがシュミレーターの説明をするが、ゲーム世界に入り込むアユミには聞こえない様子だった。

アユミの操作するキャラクター、阿龍々ありゅうりゅうの必殺技、陀伝雷音拳が対戦キャラクターの古田新乃介をぶっとばし、体力ゲージを半分からゼロに削った。

「うおっしゃーーー!」

「アユミ様、ツバが……」



その日はガラグインはシンガポールに残り、雷電の調整をしながらウジェーヌに搭載されたカメラを通じてゼオドルス本社の様子を見聞きしていた。

こなすべき仕事が多かったために不在という理由もあるが、ガラグインは社交的でないため、アン・リが対人交渉を進めた方がスムーズに話が進むため日本には来なかった。何にせよ変人のガラグインは不在であることが都合が良かった。


「本日は本件の張本人であるガラグインが不在で申し訳ありません。ゼオドルスの皆様にはご迷惑をおかけしますが今後共よろしくお願いします」

シュミレーターのゲームに未練がましい顔をしているアユミの横でアン・リがゼオドルスの社員達に別れの挨拶をした。


「ガラグインさんは今日は何をされているのでしょうか?」

角闘技のプロデューサーが尋ねる。


「実は現在、雷電の対戦シュミレーションに対応できる雷電の量産型を作成しています。量産型に実在する力士のデータを使用し、SUMOUの技をトレースした仮想力士を作る予定です。操縦はウジェーヌにしてもらいます。みなさまにも御協力いただくと思いますのでよろしくお願いします」

アン・リの説明にゼオドルスは再び盛り上がる。ゲームで作ったキャラクターがロボットとはいえ物体として再現される。しかも対戦が可能となる。ゲームメーカーは遊びのプロ。この話に妄想を掻き立てられない者はいない。


「アユミ様、それでは帰りましょう」

「う……もうちょっと遊びたかったけど。うん……。あと思ってたけど、アユミでいいよ。様はいらない」

アン・リに促されてアユミはゼオドルス本社を後にした。


「わかりましたアユミ。ところで少し東京で買い物をしましょう。マスターからアユミの身辺警護を申し付けられております。今日からアユミをマスター同様にお世話させていただきます。ついてはアユミの服を買いに行きましょう」

「えっ? なにそれ? 服? なんで?」

「僭越ながら、アユミ、二十歳前後の女性がゲームキャラクターのTシャツとジャージは一般的にマズイとされます。マスターよりウェブマネーを預っておりますので女子大生として適切な服を買いましょう」

「なんでよ? 限定の阿龍々Tシャツよ? かっけーじゃん! あたしはこうゆうボーイッシュな格好が好きなの!」

「アユミ、その格好は世間一般でいうところの評価ですと『ダサい』です。それはボーイッシュでなくただの子供Boyです」

理路整然としたアン・リと雑な性格のアユミは、意外にも上手い具合に息が合った。


「ところでアユミ、データでは12歳まで中国拳法をやってたということですが、突然辞めてなぜゲームの道に?」

「う……それはやっぱり初恋が阿龍々だったからよ。それからはゲームの日々だったわ」


この調子でアン・リはアユミの従者として活動を補佐した。

ウジェーヌはプログラミング面で全面サポートし、自身も全世界の力士のデータを吸収、量産型雷電を使い力士のコピーを創り上げた。

同時にアユミの操作するオリジナル雷電もイチから相撲を学習。ガラグインの指導と調整により、より力士としての完成度を上げた。


目標としていた世界ロボットスモウ大会も難なく、あっさりすぎるほど簡単に優勝できてしまった。





世界ロボットスモウ大会優勝後、ガラグインは雷電に使った合金や出力システムの技術を開示し、他のロボット研究者へ技術を提供した。

ガラグインとしてはぶっちぎりで勝てることよりも今後、他のロボットとの対戦がいかに白熱し楽しめるかが大事だった。

アユミも同じ気持ちであり、対ロボットとの対戦は少々退屈なもので、シュミレーターで世界と通信して戦える、プロゲーマーとの高度なバトルの方が楽しいぐらいなので、とにかく今後のロボット技術の進歩に期待した。


当初、ガラグインが目標としたアユミと雷電の「完成度」は、実在の強い力士に勝てるロボットであったので、それからはひたすらに相撲の技巧を学ぶ日々だった。

最初、アユミは「え~! もっと派手な技とかやりたい!」とゴネたが、実際に勝率を上げるためには日本の横綱や世界各国のスター選手から学ぶ他なく、ゲーマーであるが故にアユミも地味な作業に没頭した。


技を繰り返すほどに雷電のAIも技を学習し、技のショートカット、オートマチックによる動作性が上がっていった。

最初はゆっくり確かめるような動きで相撲をとっていた雷電が、本物の人間の力士のような速さと精密さを身につけ、さらには人間の限界を超えた動作すら可能にした。


同時にこの頃、第17回スモウワールドカップ、シンガポール代表に雷電が指名された。

科学技術やITに特化した国であり、国土面積がとにかく狭いシンガポールではスモウはおろかスポーツ競技があまり育たない国であったということもあるが、雷電がすでに並の力士よりも強くなっていたことが評価され、優先的にロボットである雷電が、スーパーコンピューターHEAVENによって選ばれた。


これにガラグインは当然のこと、アユミはおおいに食いついた。

「画面の中の世界でしかないはずのゲーム脳の戦闘力は、リアルの世界の強さに繋がるのか?」そんなゲームオタクの妄想が実現する。

これにより、さらに雷電のバージョンアップは加速度的になり、ガラグインの研究室は24時間稼働、アンドロイド2体よりも人間のアユミとガラグインの方が熱中して研究する時間が長いぐらいだった。


2人のことを研究者、天才、超人、狂人、オタク、いろんな言葉で表現できたが要約すればやはり変人、変態という類の人種が最もわかりやすく、理解する気も無い人間からすれば馬鹿とすら思えてしまう。

だがこの異常なまでの執着は、奔王をはじめとする列強の力士に共通する魂の強さだった。




そして、2215年10月の第一予選、ガラグイン率いる”チーム雷電”は完璧なまでに構築されたデータ相撲ですべての取組を完勝しスモウワールドカップ第二次予選へ進出を果たした。


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