機械仕掛けの雷電為衛門2

備前丹びぜんたんあゆみ

「日系台湾人、台湾国籍。性別女性。両親の仕事の関係で台湾からシンガポールへ渡る」

「シンガポール工科大学、1年生」

「格闘ゲームの『オールラウンドファイター7』2212年アジア大会優勝。『角闘技かくとうぎ』2211年アジア大会優勝、2212年世界大会優勝。ゲーム会社『ゼオドルス』の熱烈なファン」

「高校を卒業したらプロのゲーマーになるつもりだったが、両親に大学を卒業するまではゲーマーになることは許されず、泣く泣く進学することになる。嫌々進学はしたものの、ゲームがしやすそうな工科大学を選んだ」

「顔、体型の評価。非常にバランスよく整った顔立ちと体型。評価Aマイナスのまぁまぁ美人。生活を正し服装を改めればなお良し」

「入学前の長期休暇期間中に一人暮らしを開始。一日のうち22時間をゲームのプレイに費やし、残り2時間のうち1時間が食事と運動。1時間を酸素カプセルを使い圧縮睡眠に当てる。まさにゲーム廃人」

「酸素カプセルはゲーム大会の賞金で買ったものらしく、スーパーアスリートが使う最新式仕様の物で超高額。親にバレないようにアパートに届く宅配で注文した」


「ええっ? ちょっとなんでそこまで知ってるんですか! このアンドロイド!」


ウジェーヌの読み上げた細かい身辺調査にアユミはうろたえた。

どこで調べ上げたのか、誰にも話していないはずの事細かな自分のデータまで初対面のアンドロイドが知っている。不気味そのものだ。

親元を離れ、先日、大学へ入学したばかりの10代の少女アユミには、目の前にある状況は少々過酷なものだった。


23世紀の大都市では超巨大な建築構造「コロニー」の中に街が作られる場合が多い。シンガポールの狭い土地事情もあって、シンガポール工科大学もまたコロニーの中にあり、14層に重なり合う町の上層部2つが大学関連のエリアになっていた。

アユミがいる場所もコロニーであり、屋上部分にある空中公園だ。

と言ってもコロニーの屋上は「空中公園」と暫定的に名称が付けられる通例があるだけで、中心以外の部分は大学が管轄する敷地の、ゴミ置き場や実験場を兼ねたスペースが大部分を占める。

アユミがいる場所はまさしくその実験場に当たる。


備前丹びぜんたんってのはさぁ、日本のファミリーネームだよね?なんかさ、日本語っぽくないよね。全然~」

そう聞きながらカメラを準備しているのはガラグインだ。

スーパースローも撮れる映像撮影用のカメラを三脚に立て、撮影方向を定めている。

23世紀になっても三脚というアナログな道具は変わらず存在している。


「そんなことより何なんですかこの状況は? サークル勧誘か何かだと思ってついてきたらロボットの中に無理やり詰め込まれて! 何なの? 監禁?」

「日本人のファミリーネームって~ガワとか~ムラとかが多いって印象ない? ドモドモ、ワニャムラデス。アリガトォゴザマス」

アユミの質問にガラグインは聞く耳を持たない。というよりはガラグインという人は、変人の部類に入る人種だ。 人のことにはあまり興味がなく、自分から湧いて出る疑問にのみ興味があるのだ。

その欠点も淡くであるが自分で理解はしている。しているからこそアン・リとウジェーヌを作りその穴を埋めているのだ。


「えと、まずは、すいません。自己紹介が遅れました。私はウジェーヌというアンドロイドです。この男性が4年生のガラグイン。こっちの女性型で銀色のアンドロイドがアン・リです」

ウジェーヌが初対面での関係悪化を危惧し、ガラグインとアユミの間に割って入った。


「アン・リです。よろしくおねがいします。なぜこのようなことになったかという経緯を具体的に話しますと、今、中に入られているロボット、正確にはパワードスーツ型ロボットと言われるものなのですが、とにかくそのロボットでロボットスモウ大会に出たいのです。しかし操縦者がいなくて困っておりました。ゲーム大会優勝者のあなたでしたら適任かと思いお連れしました。乱暴や不適切な行為があり大変失礼しました。私達アンドロイドはマスターの命令は絶対ですので致し方ありませんでした。御無礼をしてしまい申し訳ありません」

立て板に水の話術でアン・リが説明した。

交渉事はアン・リの仕事で、今この状況に必要なのは何よりアン・リだ。


「うん、というわけなんだよ。それ雷電って言ってさ、たぶんあと10年は誰も追いつけないスーツ型最強モデルなんだよね。まずちょっと起動して欲しいんだけど……と、ちょっと待って、ウジェーヌ、スタンバイして。……で、中央にある丸いスイッチを長押ししてみて」


「え? ちょっと待って! なんでアタシが操縦するって決定してるんですか? なんか嫌なんですけど! 一旦出してよ! ちょっと!」

変人性が滲み出るガラグインにアユミは拒否反応を示す。

アユミも随分変人寄りの人間ではあるが、人間に対するガラグインの態度はなかなかいないレベルの変人だ。

ガラグインの指示に従い、ウジェーヌはどこかに歩いて行ってしまった。


「アユミ様、たぶんこの実験が終わるまで帰してはもらえないと思われます。我慢しましょう」

アン・リが上手くなだめすかす。


「本当に嫌なんですけどー、でもまぁ、ちょっとだけ興味もあるからスイッチを……おおっ!」

アユミが起動スイッチを入れると、内部のモニターや計器類に明かりが灯った。眼前のモニターからは雷電の目線からの景色が肉眼と同じように見ることができる。

内部にはバイクのハンドルとゲームのコントローラーを合わせたような操縦桿が備え付けられていた。


「起動できたら今現在はマニュアルモードになってる。オートバランサー入ってるから転ぶことはまずない。足は履いた状態で連動している。首も操縦者と連動。腕はコントローラーがフレキシブルに動くんでそれと連動している。ちょっと試してみて。こっちは『実験』始めるから」


ガラグインの説明を聞いてアユミは操作してみる。嫌々ではあったが初めてのゲームに触れるようでワクワクする気持ちもあった。

「おおっ。本当だ動く。あ、でも、やっぱり難しいですね。この大学ってこういうの勉強するんですね。……ん? 『実験』ってなんですか?」


ガラグインは100メートルほど先にいるウジェーヌに手で指示を出している。そのウジェーヌはボロボロの実験用自動車のトラックに乗り込んでエンジンを入れていた。


「ウジェーヌ、アクセルべた踏みでよろしく。じゃスタート!」


ウジェーヌの運転するトラックはスピードをぐんぐん上げてアユミの入った雷電の方に突っ込んできた。ボロボロのトラックでもアクセルを踏み込めば100キロ弱の加速ができる。


「なにこれ? なにこれ! ちょっとまさかこれ!」

ガチャガチャと操縦桿をがむしゃらに動かしながらアユミは慌てふためいた。アユミは嫌な予感がしたが、それは当たっていた。これは耐久度を確認するための衝突実験なのだ。


「おいおい! マジで助けてちょっと! 死ぬって! 死ぬってぇ!」

懇願するような絶叫しながらもアユミの眼球はめまぐるしく動き、視線が計器類の上を舐めた。ゲーム脳のシナプスに電撃が走る。指先は光速で操縦桿をかき回した。


「ちょっ……おおっ!」

アユミの視界いっぱいにトラックが衝突し、209㎏の巨体が地面を掻きむしるように転がった。ちぎれ飛んだトラックのバンパーも滑っていく。同時にトラック自体もえぐれるようにひしゃげてゆっくりと止まった。

雷電はこれだけの衝撃にも関わらずボディの表面に塗装の擦り傷がついたぐらいの僅かなダメージで地面に寝ており、中身のアユミもベッドに飛び込んだ程度のやわらかい衝撃で無傷だった。

慌ててウジェーヌがトラックから降りてきた。


「マスター! 衝突の瞬間をスロー再生してみてください!」

ウジェーヌが何かに気がついた様子でガラグインに叫んだ。


「あぁ……! 今見ている!」

ガラグインの再生したカメラのモニターには猛牛のように突進するトラックが雷電にぶつかる様子が写っていた。その衝突の瞬間、わずか0.3秒ほどの隙間に雷電は腰を据えて拳を構え、トラックに突きを放った。無論、衝突のエネルギーはトラックが勝るので雷電は吹き飛ばされるのだが、目を見張ったのはアユミの異常な対応力だ。


「おいおいおいおい、僕が遠隔操作でまともに歩かせるだけで丸一日かかったんだぞ? 世界レベルのゲーマーは数十秒で学習してこの精度の動作ができるのか!」

モニターに釘付けになるガラグインの口元から笑みがこぼれた。


「なにやってくれんのよ……」

怒りと驚きの混じった声とともに雷電がゆっくりと立ち上がった。


「おいおいおいおいおい、立ち上がるのも結構難しいんだぞ?」

ガラグインがカメラを撮影モードに戻し、雷電の撮影を再開した。


「アユミ様、報告が遅れましたが、この実験では安全が保証されています。アユミ様に危険が及ぶことはありません。ご安心ください」

「そうだ。雷電の中にいるということは地球上で最も安全な場所ってことなんだよ。そして君が動かすことで雷電は地球で最も強い存在になるのだ! 世界ナンバーワンの力士ロシアのモルノフや日本の奔王をも超えるポテンシャルを秘めている! どうだ? すごいだろう?」

アンリのフォローの後にガラグインが続けた。

しかし雷電の中のアユミの怒りは収まりそうもない。


「マスター! 地球一強いロボットに怒りを向けられているこの状況はかなりマズイのでは……?」

ウジェーヌが後退りながら忠告する。


初対面の人物に半分拉致されたような状態の上、安全は確保されているとはいえ突然トラックにはねられ、衝突実験に付き合わされる。当然、人間は恐怖するか激怒するかであり、アユミの場合は怒りに満ちていた。しかしそれは危ない目にあったことや理不尽に付き合わされたことによるものではなかった。


「あなた達ねぇ! 来月は角闘技のアップデートリリースがあるのよ? これで怪我してゲームできなくなったらどうするつもりなのよ!」

目下アユミの最重要事項はゲームをプレイすること、いや未来永劫の最重要事項なのかもしれないが、とにかくゲームの妨げになる障害を彼女は許さなかった。


「大丈夫です。衝突実験であなたに危険が及ぶことはありません。今ここで核爆発が起こったとしてもあなただけは無傷で助かることでしょう」

アン・リが言うように雷電の耐久能力は他のスーツ型ロボットをはるかに上回る性能で、トラックの衝突など問題にならないことなのだが、自分の技術や知識に絶対の自信がある上に常識に欠けるガラグインの認識と、一般人であるアユミの認識ではまったく衝撃度が違った。何も知らない者からすれば殺されかけたという感覚すらあるだろう。


「常識的に考えなさいよ!」

感情に怒りがありながらも雷電の操作が次第になめらかになるアユミ。冷静でなくとも雷電の構造や仕組みを吸収し、アルゴリズムを解読して自分の物にする天賦の才、というよりも止めることの出来無い癖に近いものが彼女の脳内に形成されていた。怒りながらも頭脳の奥底はこの新しい世界、新しいゲームの発見に脳内麻薬が分泌され歓喜していた。


「あっ、いやいや、ちょっと! 大丈夫なんだって! あっ! そうだ! ゲームなら雷電の操縦シュミレーターとしてゲームを作るんだ! 君が操縦者になってくれたらこのゲームで遊べるぞ? 研究室だったら24時間使用できるし~良い提案だと思わないか? なっ!」

徐々にしなやかな動きで歩行が速くなる雷電にさすがのガラグインも焦りが出た。雷電で暴れられたら危ないことが最もよく解るのは作ったガラグインだからだ。

シュミレーターのゲームは単なる思いつきではなく、元から計画にあった。だが、ガラグインの提案はアユミに対して逆効果だった。


「はあぁ~? あんたみたいな糞ド素人が作った、形だけのゲームなんか話にもならないクソゲーに決まってるでしょ! アタシを満足させられるゲームなんか作れるわけないでしょうが! 来月は角闘技のアップデートリリースあるって言ったじゃない! あんたの作ったゲームなんか試しにでもやってもらえるとでも思った?」

迂闊にもガラグインはアユミの逆鱗に触れてしまった。ゲームというキーワードなら釣れると甘く見られたことと、浅はかな作戦。それはオタクが最も嫌悪するところだろう。アユミのような廃人ゲーマーなら余計にそうだ。だがこのチープな作戦は最強の策でもあった。


「じゃ……じゃあゼオドルスに作らせるのはどうだ?」

「ははは……! ふざけるな! ゼオドルスがあなたみたいな素人の要求を聞くか!」

ガラグインは角闘技を製作しているゲーム会社ゼオドルスを持ちだした。これもまた安易な発想ではあり、アユミの怒りを焚きつけることになってしまった。雷電はガラグインにじりじりと詰め寄る。しかしそこに間髪入れずウジェーヌが割って入った。


「マスターの保有する特許のうちいくつかを売買すればゼオドルスそのものを買収し子会社にできます」

その言葉にアン・リも続ける。

「ゼオドルスはリリース日を延長することが多いことで有名です。来月の角闘技のアップデートリリースも大規模ですのでおそらく延長することでしょう。マスターと我々が協力しリリース日に間に合わせることを確約させれば交渉は難しくないでしょう」

「何を言ってんのよ……そんなの無理よ。ムリムリ……! はっ! たった1人とアンドロイド2体で――」

アユミの言葉にウジェーヌが再びかぶせる。

「マスターの保有するスーパーコンピューターをゼオドルスに貸し与えます。これによりゼオドルスのゲーム製作スペックは約3倍ほどまで向上します。これで断る理由もありません」

それにアン・リが続ける。

「今、即決で買い取ってくれる会社に特許を2つほど売買しました。マスターの資産でゼオドルスを買い取るには十分すぎる額になりました。続けてゼオドルスとの交渉に移ります」

交渉はアン・リの中ですでに進行中だった。ガラグインに一任されている故にアン・リの独断はガラグインの判断でもあった。


「ちょっと、ちょっとちょっとー! ちょっとまって!」

アユミは怒りも冷め切るほど混乱するしかなかった。

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