アメフト怪人と相撲1
2215年春。
世界スモウサミットでの奔王の発言は世界中で大きな話題になり、スモウワールドカップへ大相撲力士が参戦することが正式に決まった。
後に世界スモウサミットでの奔王の発言は「奔王宣言」として歴史に刻まれることになる。
スモウワールドカップ開催地のひとつは東京になった。
各国の代理戦争と呼ばれることもあるスモウワールドカップは、各国二名ずつの参戦が認められている。基本的にスーパーコンピューター
ふたりの横綱は過去の相撲の歴史から数えても一番二番の実力と言う者も少なくはなく、そのふたりを相撲ワールドカップに出場させることは日本の相撲協会として実は痛し痒しであった。出場させ万が一にでも敗退し、傷をつけることは大相撲にとって大きな損失を招く。だが出場させないこともまた問題だ。
奔王本人からすれば待望の出場だったのだが、猛龍の気持ちとしてはそうではなかった。
相撲協会と同じく、文化的な観点でスモウと相撲が交わることに消極的なのだが、自分が出ないでかわりに誰かが出るぐらいならば自分が出た方が幾分マシと考えた。何より奔王とこれ以上差が開くことは許せなかった。
猛龍としてはスモウワールドカップよりもライバル力士、奔王悟理との優勝争いの方がずっと大事なのだ。スモウワールドカップはただの邪魔な存在でしかない。
第17回スモウワールドカップは2216年に本戦が始まることになっている。そしてその予選は2215年に世界各国で行われる。
6名1組に振り分け、その中で総当り形式の試合を行い、勝数の多い2名を残す。10月の一次予選でふるいにかけられた2名を集め、12月の二次予選でもう一度、さらに年をまたいで2216年2月に最終予選を行う。
そして4月、最終予選を勝ち抜いた選りすぐられた列強の力士による決勝トーナメントを開催する。これがスモウワールドカップの全スケジュールだ。
2215年6月、抽選会が行われ、第一予選の組み合わせが決まった。
抽選会の翌日、御角山部屋では通常通りの稽古日だった。
「おはようございます」
獅桜が若干の遅刻で入ってきた。
「おせえぞ! 目の下にクマ作って、寝不足か!?」
親方が怒鳴り声を上げるも、獅桜は舌を出して頭を下げるだけで毎日の遅刻を欠かさない。
少し離れた場所で見ている奔王も「しょうがないやつだ」という表情だ。
「毎度すいません~。ところで予選の組み合わせはどうなったんですか?」
獅桜は親方の顔や部屋の空気を気にもせず飄々とした態度でそう聞いた。
奔王は筒状に丸めたスポーツ新聞を獅桜に投げてよこした。
「一覧表も貰ったが、それを見た方が早い。2面の下のとこだ」
それを聞いた獅桜はささっと紙面を指でなぞった。
「あった! Cブロック1組……日本、コンゴ、インドネシア、ベトナム、チェコ、アメリカ……。あっ、一試合目、これって……」
そこには日本×アメリカと書いてあった。各国代表者は二名ずつ選抜されているので国名の下には選手名が記載されている。日本の下には(奔王悟理)と書かれ、アメリカの下には(クリフ・ウィリアムス)と書かれている。
「これってNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)で大騒動になったアイツですよね? いきなりこんなバケモノとやるんですか? ひょえー!」
獅桜が独特の感情があるのかないのかわからない口調で言う。獅桜の驚きとは相反して、御角山親方はピンときていない様子で、日本の大相撲以外のスポーツにはあまり関心がないせいか初耳のようだ。
クリフ”テンペスト”ウィリアムス、NFLの超問題児としてアメフト界を追放され、その後プロレス団体でレスラーとして活躍。プロレス経由でSUMOUに参戦し、アメリカSUMOUリーグでヨコヅナになった男だった。
アメリカ代表、クリフ”テンペスト”ウィリアムス。アフリカ系アメリカ人で、身長225㎝、体重240㎏の規格外の体格を誇る。
彼はアメリカの花形スポーツ、アメリカンフットボールのNFL、ニューイングランド・ペイトリオッツの選手だった。
ポジションはディフェンシブライン。相手のオフェンシブラインとぶつかり合い、攻撃を阻止するポジション。体格に恵まれた彼にはうってつけのポジションだったのだが、ひとつ問題があった。
……彼はあまりにも強すぎたのだ。
ぶつかれば相手が吹き飛び、腕を振るえばなぎ倒す。最初は彼のことをチームの守護神として歓迎し、そのプレイにファンも熱狂した。
だが、それも長くは続かなかった、あまりにも簡単に相手を払い飛ばし、敵の司令塔であるクォーターバックに突進できてしまう。通常ならばスーパープレイとして歓迎することなのだが、彼にはそれが当たり前すぎた。
彼の突進は故障者を量産した。この時代の医療であれば数時間で骨折も治すことができる。だが試合中にケガから復帰することはない。
アメフトはチーム競技であるが故、メンバーのケガは戦略の穴を作る。特にQB(クォーターバック)がケガで欠けるのは特に重大だ。
時には交代選手がいないチームが途中棄権してしまい、虚しい勝利を収めることもあった。
アメリカンフットボールの醍醐味は戦略の妙にある。
もちろんパワープレイもアメフトを象徴する要素ではあるが、圧倒的すぎるウィリアムスのパワーは試合の駆け引きをつまらなくし、観客を白けさせてしまっていた。
しかも、対戦するスタープレイヤーを故障させる。憎まれる要因は多かった。
ウィリアムスは破壊者と忌み嫌われた。
アメリカンフットボールに現れた厄災”テンペスト”だと。
彼はファンからも相手チームからも嫌われ、完全にヒールになってしまい、嫌がらせは毎日のように続いた。
ある時、試合後にスタジアムを出ると、相手チームの熱狂的なファンが拳銃を持って待ち伏せしていた。ウィリアムスは至近距離から発砲され、腹と胸に3発の銃弾を受けたが強靭な筋肉が防弾チョッキの役割を果たし、銃弾は内蔵まで達しなかった。通常の人間なら即死するところだが、命に別状はなかった。
その後もめげることはなくウィリアムスはプレイし続けたが、公式規則を定めるNCAAは、あまりにも多い苦情とファンの不満を重くみて、「故障を狙ったプレイ」の反則をより細かくルールに追加した。
その追加項目は完全にウィリアムスの包囲網と言ってもいいもので、通称「ウィリアムスの十字架」と呼ばれた。
単純に手加減をすればいいのだが、いざプレイとなると頭に血が上るタイプの彼には十字架が致命傷となった。
アメフトの反則には「罰退」という試合を不利な状況に追い込むペナルティがついてくる。反則は負けに直結するのだ。
次第にチームでウィリアムスは使われなくなり、ベンチ要員になった。そして、試合に出る機会の無くなったウィリアムスはチームから除名されることになった。
アメフトを心から愛していたウィリアムスは必死になって監督にチーム残留を懇願したが、聞き入れてもらうことはついに無かった。
フィールドに舞い戻る夢を捨て切れないウィリアムスだったが、プロレス団体からの誘いがあり、生活のためにプロレスラーとなった。
ウィリアムスは怪人レスラー・テンペストになった。
猛獣のように吠えながら、血まみれのアメフトのプロテクターとメット。手にはボールではなく十字架を引きずって入場。
いわくつきの彼の存在は冷めきったアメフトのフィールドとは逆にプロレスファンを熱狂させた。
ウィリアムスという存在は、上手い具合にプロレスという舞台におさまることができた。
スポーツとショー、戦いとエキシビジョンの中間に存在するエンターティメント。自分がキャラクターであり、役を演じる上でそこにいることが理解できる。そのため闘争本能が暴走してしまうことはなかった。
たとえ大きな声で雄叫びを上げ、暴れ回ってみても、それは怪人テンペストであり、本来の自分とは違う、ひとりのレスラーであると認識できていた。
しかし、それはまた空虚な時間でもあった。
たとえ自分に適した居場所が見つかったとしても、本当に一番やりたいことはアメフトなのだと思い知らされる。何をやってもアメフトに対する渇きは癒されることはなかったのだ。
ある日、所属するプロレス団体WWXの社長がウィリアムスを呼び出した。
「本当は無理しているんじゃないか?」
社長はどこか虚しさを含んだウィリアムスの目に気づいていた。アメフトをやっていた時のウィリアムスはギラついた目をしていて、危うさを孕んでいた。それが彼の本性であり底の部分なのだ。
「正直、オレはアメフトをやっている時しか生きている気がしないんだ。プロレスは楽しいです。だけどこれがオレかと言われれば違うんだ。でも辞めたいって思ってるわけじゃないんだ。怪人テンペストは気に入ってるよ」
ウィリアムスはそう素直に本心を語った。
「そうか。だけど、もしよかったらだが、今度はSUMOUをやってみる気はないか?」
「SUMOU……ですか?」
社長の誘いにウィリアムスは戸惑った。アメフトバカの彼には次の選択肢など頭になかったのだ。
「SUMOUだったらおまえの爆発力を生かせると思うんだ。アメリカSUMOUリーグの興行はプロレス団体からの参戦率も高い。うちからの参戦者も多いんだ。もちろんSUMOUでもテンペストのキャラクターは今のまま続けてくれなきゃ困るがな」
アメリカでもSUMOUは一番人気の格闘技興行だった。
よりプロレス要素が強く進化し、アメリカSUMOUの聖地、ラスベガスではギャンブル性も相まって熱狂的な格闘技イベントとなり、一瞬の勝負に巨額の金が動いた。
「SUMOUか……。オレは社長のアドバイスならなんでもやるよ。あんたは今や俺の親みたいなもんさ」
ウィリアムスはそう答えた。SUMOUもこれまでの延長線上の仕事だと思った。ただの『続き』だと。
「うん。それと、もうひとつ良い話だ。SUMOUで活躍しチャンピオン『ヨコヅナ』になればワールドカップにも出られるだろう。そういえば前に乱闘問題でアメフトを追われたやつが力士になって、北米大陸大会で優勝した功績を認められて、アメフトに掛け持ちで復帰したことがあったろ? SUMOUで良い成績を残せればアメフト復帰の足がかりにもなるんじゃないか? トライアウトからでも門前払いせず拾ってくれるだろう。そして、SUMOUはメンタルのスポーツでもある。おまえの暴走しすぎる荒さを削ぎとってくれるかもしれんぞ?」
社長はそう言うとニヤリと笑った。
「社長……。本当にいいんですか?」
「あぁ。ただしアメフトに戻ってもプロレスは続けてくれよ。テンペストは人気ヒールレスラーなんだからな」
社長は言い終わると同時にアメリカSUMOUリーグの参戦要綱の書類を手渡した。
ウィリアムスの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。涙を拭った後にそれまでの虚ろな眼はもう無かった。少年のような輝く目をした大男がそこにいた。
それから約3年、ウィリアムスはアメリカSUMOUのチャンピオン、ヨコヅナとして君臨していた。
生まれつき巨大な肉体があり、アメフトで鍛えられた瞬発力とパワーを下地に、スモウで磨き上げられた精神力で暴走をコントロールすることもできるようになっていた。
裏腹に入場パフォーマンスは相変わらず派手で、大きな目標を見つけたことによる開放感からか、プロレス的なサービスには積極的になった。
スモウワールドカップのアメリカ代表に選ばれた時も、6000トンの豪華客船の進水式で、鎖を引きずり倉庫から船を牽引するというパフォーマンスをやったりもした。
人間が動かせるような物でないだけにオーディエンスは盛り上がりながらも笑ってみていたのだが。
結果、12センチ客船が動いた。
10月になり、第一予選最初の日が訪れた。
予選は6名の総当たり戦を、選手それぞれ一日1試合になるよう5日かけて行う。
もし1位、2位が3名以上となる場合は、予備日である6日目を使い、上位2名の決定戦を行う。。
予選A~Cブロックはアメリカのシアトル。
初日、奔王対ウィリアムス。
まさに世界中が最も関心を寄せる、相撲 VS SUMOUの指標となる注目の一戦であった。
予選にも関わらず、会場のスタジアム内は満席だ。
中央に設置された土俵、その周りを高さ2メートルの金網フェンスがぐるりと囲っている。この土俵の形が世界相撲連盟が定めている「スモウ」のリングだ。屋根、方屋は無く、日本の大相撲の伝統や歴史とは別の進化を遂げたスポーツ競技であることを伺わせる。
土俵を囲うものは金網フェンスとは限らない。会場によっては透明なカーボンプレートや、人体を弾くバリアーなど種類がある。これは土俵外に力士が吹き飛んだ場合、観客に被害が及ばないようにするための措置でもあり、観客からの取組妨害や、座布団や物を投げた場合に力士に当たらないようにするための措置でもある。
試合前に会場にホログラム出力された大型スクリーンで前日に行われた記者会見の模様と、選手紹介のVTRが流されていた。
注目である奔王対ウィリアムス戦のためにピックアップして編集してある。
映像で見てもウィリアムスは規格外の体格であることがわかる。身長187㎝の奔王がまるで子供に見える。
ウィリアムスは用意していたリンゴを取り出し、右手で握り潰して、滴る果汁をゴクゴクと飲み込んだ。
もはや古典のような挑発ではあるが、手の中にわずかに残った、汁気のないリンゴの繊維が彼の異常なパワーを示していた。単純な数値でいえば200キロ以上の握力を持っている。
「どうだ? オレにかかればおまえらもリンゴと同じようにされちまうだろうぜ? 伝統あるジャパンのヨコヅナに同じことができるかな?」
そう言ってウィリアムスはリンゴを奔王の前に差し出した。
「すまないが、験担ぎでリンゴは『ふじ』しか食べないんでね。できれば今度からゴールデンデリシャスじゃなく『世界一』を持ってきてくれ」
奔王はテーブルに置かれた真っ赤なゴールデンデリシャスをウィリアムスに返した。
激しく睨みつけるウィリアムスを奔王は無表情で見上げた。数秒緊張した空気が流れたが、ウィリアムスはリンゴをポケットにしまうと自分の席に座った。
その後、それぞれの選手のプロフィールと代表的な試合を編集している映像が流された。
観客はこれから始まる予選の期待感から、映像のひとつひとつに盛り上がり歓声を上げる。
いよいよ、スモウワールドカップ予選が始まる……。
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