アメフト怪人と相撲2
一次予選AブロックとBブロックが終わった、次はいよいよ奔王対ウィリアムスのCブロックだ。
関係者席には将の海理事長、御角山親方、獅桜、他にも奔王や猛龍と同じ部屋の者がいる。
将の海部屋の者がいるのは、Bブロックに猛龍がいたからだ。
ちなみに猛龍は、SUMOU普及率が低いベナンの、SUMOU歴2年の学生ヨコヅナと当たり完勝した。
「続いてはCブロック1組目の試合をはじめます」
アナウンスがスピーカーから流れてきた。
「第一試合。奔王悟理対クリフ”テンペスト”ウィリアムスをおこないます。ウエストサイドより、クリフ”テンペスト”ウィリアムス選手の入場です!」
アナウンスのコールの後、会場が暗転した。ウエストサイドからはスモークが焚かれ、入場口から人影が出てくる。
しかし、入場口から出てきた男はウィリアムスではなかった。
真っ黒い異形の顔をし、頭部に二本の角をはやしていた。体には鎧のようなボディーアーマーを装着している。身長も190ぐらいはありそうだがウィリアムスではない。
「あれ? あれってAブロックで出てきたもう一人のアメリカ代表のバフォメット・リデルですよ」
獅桜が男を指さして御角山親方に話しかけた。
たしかに男はバフォメット・リデルだった。ウィリアムスと同じくプロレス団体WWXで、プロレスと兼任でスモウをやっている。そしてウィリアムスより先にヨコヅナになった男でもあり、もう一人のアメリカ代表だ。
バフォメット・リデルは数時間前のAブロックで勝利している。決まり手はパワーボム。
そのバフォメット・リデルがなぜかウィリアムスの出てくるべき入場口から一人出てきた。
違和感より先にバフォメットが再登場したことにより会場も盛り上がっている。WWXはアメリカで大人気のプロレス興行なのだ。
フォメットの腰には太い鎖が巻きつけられ、何か箱のようなものを引きずっている。
「オレ様がとっておきの怪物を冥界より連れてきたぜ! 人間どもよ! 恐怖に泣き叫ぶがいい!」
バフォメットはそう叫ぶと箱を指さした。箱は巨大な棺桶だった。
棺桶は内側からはじけ飛ぶように音を立てて破れた、そして中からまさに怪物と見紛う大男が出現した。男は鮮血が付着し真っ赤になったアメフトメットとプロテクターをつけている。ウィリアムスだ。
ウィリアムスは会場をぐるりと睨みつけると獣のように吠えた。
次に棺桶からアメフトのボールを取り出した。ボールもメットと同様に真っ赤に染まっている。
すぐにボールを会場に放り捨てると、さらに棺桶から十字架を取り出した。
自分をアメフトから追い出した、反則ルールの通称「ウィリアムスの十字架」とかけている。
もちろんアメフトを恨んでいるわけではない。これはあくまでプロレス的な演出だ。追い出されようがウィリアムスはアメフトという競技を愛している。
ウィリアムスは十字架を引きずりながら通路脇の客席を悪鬼の形相で睨みつけ、土俵にあがって行った。
まさに大嵐、テンペストにふさわしい演出だった。
「まったくもってプロレスじゃないか。これだからわれわれの相撲文化と一緒にして欲しくない」
おそらく会場内でこの光景に不満を持っているのは将の海理事長だけだ。
御角山親方と獅桜は「これはこれで面白い」という雰囲気だったが、将の海理事長は不愉快な気分から今すぐに帰り出しかねない表情で睨みをきかせていた。
「日本の大相撲には威厳と品格があるんだよ。Bブロックの猛龍の時みたいに一礼して入ればいいんだよ。相撲をショーにしてどうする!」
将の海理事長は入場パフォーマンスに対して怒り心頭だった。現役時代は角界の閻魔大王と呼ばれるほど厳格であり恐ろしく厳しい男で、こういった遊び心が最も嫌いなことのひとつなのだ。
将の海部屋に所属する猛龍は将の海理事長に気を使ってか、Bブロックでの入場は一礼して入るのみだった。
「当然日本の力士はそこがわかっているはずだ。今後はより一層歴史を守りぬく必要があるぞ。君たちもわかっているね?」
睨むように将の海理事長が力士達に言った。力士達もドキリとしながらも「うっす!」と返事をする。
もしそんなことをしたくても恐ろしくてできないのが内心のとこである。
「イーストサイドより奔王悟理選手の入場です!」
アナウンスがコールすると再び会場が暗転した。
「ドン! ドン! ドドン!」
突然和太鼓の音が会場に響いた。入場口からはドタドタと鎧武者姿の男達、十数人が入ってくる。
鎧武者達は刀を抜いて入場口を警戒している。
「ドンドンドンドンドンドンドンドン!!」
太鼓のリズムが小刻みになり緊張感を煽った。
「ドン! ドドン!!」
入場口から木彫りの鬼の面をかぶった力士が現れた。
「奔」の文字が大きく描かれた化粧まわしをして、鞘に入った刀を握り締めている。
雄叫びを上げながら鎧武者達が奔王に斬りかかると、力士も刀を抜き、鮮やかな殺陣回しで斬り倒してゆく。
全員を倒すと、血を払う動作で刀をくるりと回し、鞘におさめた。
数秒の静寂の後、「ドドン!」という太鼓の音の後、静かに鬼の面を取った。
鬼面の力士は奔王その人だった。
同時に上空から大量の紙吹雪が舞い降りてきた。桜色の紙で桜吹雪を模した演出だ。
その中を奔王は雄大に歩いて土俵に向かう。
「どうゆうことだ奔王!!」
奔王に向かって怒号を飛ばす人がいた。将の海理事長だ。
「横綱の品格というものを忘れたのか? 貴様は何を考えてるんだ!」
怒りの絶頂で怒鳴り散らす将の海理事長に周囲の力士達は凍りついた。
もはや相撲界の、相撲の歴史の象徴となりつつある人物が、あっさり品格も伝統も置き去りにした入場パフォーマンスをやってくれたのだ。日本相撲協会理事長としては最大級に裏切られた気分になったことだろう。
「横綱の品格……。ええ、わかっております」
奔王は冷静な口調で将の海理事長をなだめた。
「しかし、こういうことも『できない』と思われては困るんです」
そう言うと奔王はすたすたと土俵に上がっていった。
「ちょっと待て奔王! 話は終わってないぞ!! オイ! 御角山! どうなってるんだ!」
「まぁまぁ、座りましょう理事長。私も面食らっておるとこです。しかし、あいつはもはや角聖であり最も相撲の神に近い男です。我々とは生きてるステージが違うんですよ。我々は見守るしかないんですわ」
怒りが収まらない理事長に御角山親方が語りかけた。
事実、奔王が自分たちとまったく違う次元にいることは理事長もわかっていた。
「クソッ! どいつもこいつも……」
そう言った後、理事長は黙りこんで土俵を見つめた。
土俵に奔王とウィリアムスが揃った。
奔王は四股を踏み、拍手を打って両手を広げた。大相撲の「武器は持っておりません」という所作だ。
一方、世界相撲連盟の加盟国のSUMOUにはそういった日本の相撲にある伝統的な行為は削がれているので、取組前のウィリアムスはセコンドと何やら会話をしているだけだ。
土俵の上ではメットやプロテクターは脱ぎ捨て、フットボールのパンツの上にまわしを締めている。
「ウエストサイド。アメリカ代表、WWXサンダースジム所属”
アナウンスのコールと歓声の中、高々と拳を突き上げるウィリアムス。
「イーストサイド。日本代表。御角山部屋所属『神に最も近い男』……奔王悟理!」
本日最大の歓声を浴びながら、奔王は雲龍型の土俵入りを披露した。さらに会場は湧く。
二人は中央に集まり、ジャッジからルールの再確認をされる。
◯スモウワールドカップルール
・目、耳、後頭部、首の後、股間への攻撃の禁止。
・前立褌を掴む、指を入れる行為の禁止。
・喉を掴む行為の禁止。
・頭髪を掴む行為の禁止。
・指を折り返す行為の禁止。
・大相撲で禁止されている突く、殴る、蹴るは全面的に解禁。
・禁止技の類も解禁。
(なので決まり手が48手よりも多く、これからも増え続ける可能性あり)
・仕切りが無い。ジャッジの「はっきよい、残った!」の合図で立ち合わなくてはならない。
・ルール上「相撲(およびSUMOU)をとれる者であれば参加権あり」としたので体格や人種、性別にとらわれず参加可能。(奔王宣言を元にレギュレーションに加わった)
ルールチェック後、奔王は力水を口に含み、塩を撒いた。
再びふたりは土俵の中央に集まり、仕切り線で睨み合った。
会場が緊張に包まれる。
ジャッジが四方のジャッジに指を刺す。
「ジャッジ! ジャッジ! ジャッジ! 発気よ~い……」
ふたりの体がじわりと土俵に向かって動く……
「残った!!」
土俵についた瞬間、ふたりはお互いに突っ張りや張り手をぶちかましていた。
腕のリーチからウィリアムスの方が有利なのだが、奔王は腕を払いながらもウィリアムスの体に張り手をぶちかます。しかし、払いきれない分は確実に被弾している。
ほんの2、3秒のうちに数えきれない張り手が飛び交った。
ウィリアムスとしてはパンチを使うという手もあるが。思い切り頭で受けられてしまうと、素手であるがゆえに攻撃力はあっても故障してしまうリスクが大きい。
そこで張り手と突っ張りで押し切る作戦だったのだが、最初の一発目で相手の恐ろしさに気がついた。
衝撃は伝わるのだがまるでびくともしないのだ。相手が人間であるにも関わらず、その場に固定してあるかのような、コンクリートの壁を叩いたかのような、自分が放った突っ張りから感じ取れる。
二発三発と鉄砲を繰り返してもそれは変わらない。むしろ次第に確信に変わる。まるで地球の中心まで突き刺さる鉄杭を叩いているかのような剛性がある。
百戦錬磨のラインマンだった自分に押し負けない人間がいる。それどころかほんの数ミリだが自分の方が押されている。ウィリアムスは大相撲の、いや、奔王悟理という男の恐ろしさを垣間見た。
正攻法ではどうにもならないと感じ取ったウィリアムスは次の手に出た。
大相撲には無い、殴る技の解禁である。乱れ飛ぶ張り手の隙間から貫通力のある一撃で破壊を狙うしかない。そう考えた。
正面からではなく、全身の筋肉に任せて突き上げる。 ベンチプレス300キロを上げるウィリアムスの、丸太のような豪腕が奔王の顎を狙いすまし、しゃくりあげた。強烈なアッパーカット、いや、もはやパンチとして考えるのも馬鹿馬鹿しい破壊力だ。人間を壊す重機にすら錯覚させる。とっさにガードした奔王の腕も吹き飛ぶ。
どんな屈強な男でも防御を貫通し脳を揺らす、失神確実な一撃だ。
……だが、吹き飛ばされてのけぞり、頭が浮き上がった奔王の目は熱く燃えていた。
顔面には真っ赤な紋様が浮き上がっている。
隈取のような、力強い深紅のライン。その紋様で奔王の顔は激情ともとれる顔に変貌した。
一瞬、誰もが奔王の顔に目を奪われたその瞬間、ウィリアムスの体は土俵の外の金網に突き刺さるように叩きつけられていた。
直後には変貌したはずの奔王の顔も元に戻っていた。
「奔王の『
アナウンサーが叫んだ。
厳血顕現とは、歴史上はほんの五人、現相撲界では奔王と猛龍だけが使える力で、顔に隈取のような紋様が浮かび上がり、わずか数秒の時間だけ人間の限界以上の力を引き出す事が可能になる。
その習得には人間の限界を超える心技体の修行が必要になると言われ、詳しいことは科学的にも解明されていない未知の能力だ。
ウィリアムスが叩きつけられた金網はまるでハンモックのようにぐにゃりと曲がり、その中にウィリアムスはめり込んでいた。
だが強靭な肉体を持つウィリアムスだけあってダメージはそれほどでもないようだった。
奔王の勝利は確実だったが、あまりにも一瞬のことだったために決まり手がよくわからない。 そのため、ジャッジの審議により映像確認が行われることになった。
「決まり手が肉眼で判別つきませんでしたので、3Dホログラムビジョンにて決まり手の確認を行います」
アナウンスが確認方法を発表した。
土俵上に白いレーザーが交錯し、さっきまで土俵上にいた奔王とウィリアムスがホログラムによって再現される。
スロー再生で張り手と突っ張りの応酬がゆっくりと流れてゆく。
ウィリアムスの左手が奔王の顔面に向かってゆく、と同時に右手が握り拳に変わった。おそらく左手で奔王の視界を狭め、右手の握り拳を悟られないようにしたのだろう。
握り拳は奔王の腹をかすめ、顎を狙って上昇してゆく。とっさに防御の姿勢を取った奔王だったが、そのままガードの腕もろとも豪腕にはじき飛ばされる。
そのアッパーカットが直撃するよりわずかに早く、奔王の厳血は発動していた。
アッパーが直撃し、仰け反った直後、奔王はわずかに体を捻り、スローとは思えない速度で右の張り手を放った。
同時にウィリアムスがアッパーカットを撃ち出すために、前に出した右足のかかとを、ひっかけるように左足で払った。
足払いでウィリアムスのバランスを崩しながら、胸の中央に張り手を叩き込む。
ウィリアムスの巨体は空中を滑るように金網に激突していった。
「……ということは突き出しってことでいいんですかね?」
ジャッジの一人が言うと、他のジャッジもうなずいた。
「突き出しで奔王の勝ち!!」
アナウンスがコールすると会場が湧いた。
奔王は一礼するとすたすたと金網の外に出て持参したドリンクをガブガブと飲んだ。
消耗の激しい厳血顕現を使ったせいで異常な汗の量だった。
今回はわずか一秒の使用だったが、削られる体力は相当なものだ。
土俵を挟んで反対側にはウィリアムスがいる。
「チクショウ!! こんなに強いのか日本の横綱は!」
大声で吠えると、奔王の方に歩いてゆく。
「おい! 日本の横綱!! いっしょにアメフトやらねえか?」
ウィリアムスはにっこりと笑って奔王に話しかけた。
「悪いがアメフトどころか球技は苦手でね。怪我で休養でもしたら遊びで付き合ってやってもいいが、そうするとおそらく偉い人に怒られるんでね」
奔王はウィリアムスにそう言うと、”ふじ”を鋭い横回転で投げて渡し、会場から去っていった。
第一次予選初日、初戦の後、奔王はメディアに囲まれた。
奔王はどこかの国の取材陣の「日本以外の力士、ウィリアムスと対戦してみた感想は?」という問いに
「フィジカルのみで言えば世界最強クラスの力士だと思います」と一言だけ答え、その場を後にした。
それだけを聞くと「心技体が揃っていなければ自分を倒せない」と言っているようにも聞こえる。
もちろんその意図も含まれているのだが、奔王の真意は別にあった。
常日頃、奔王は「心技体で最も重要なのは『体』であるとしていた。
心と技は後天的に磨き上げることはできるのだが、体は生まれつきの素質であり、さらには病や老いに抗うことは難しく、鍛えあげるだけでどうにもならない部分がある。と、考えていた。
ウィリアムスと戦ってみて、この男には恐ろしい素質が眠っていると感じた。心技体が揃えば手の付けられない本物の怪物になるのではないかと。
そして、世界にはそんな怪物がひしめいている。そんな予感に胸が高鳴った。
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