ゲーマーのリベンジと苦悩2
「そういえばアタシ、食い物のこと何も知らんわよね……」
実家にいた頃からどっぷりとゲームに浸る生活であったアユミは、ゲーム画面から目を離すことなく食事をし、何を食べているかなど関心が薄かった。もちろん味についてどうこう思うこともなく、大学生になってからはレーションのような栄養調整食品のスティックやパック入りのゼリーで食事を摂り、まさにゲーム廃人であった。
「ヤバイ……いや、全然ヤバくないもんね! 別に? グルメじゃなくても? 戦うことがアタシのプライドなんだからー!? アタシより強い奴に会いに」
「ピンポーン」
「絶賛独り言中なのになんじゃーい!?」
「エスペランス・デリバリーサービスです。お届けにあがりました」
アユミが玄関に行くとドアの向こうにデリバリー配達をしているアンドロイドが立っていた。
「早えー! なんでそんな早いの!?」
「あ、ワタクシ飛べますのでデリバリー圏内なら3分で配達できます」
「そうなのね。おつかれさんでした」
アンドロイドが背中のバックパックから取り出したボックスを受け取ると、アユミはドアをバタンと閉めた。
「さて、何を届けてくれたのかね?」
アユミが箱を開けると、中には丸い物体が5つナプキンで区切られて入っていた。
「は??? なんぞ?」
アユミはすぐにモバイルを起動してデリバリーサービスをタップした。
「エスペランス・デリバリーサービスです。何かおこ」
「ヘイ! これ、なにこれ!?」
「ハーヴェストクリームドーナツのオリジナルドーナツです。左からカスタードクリーム、チョコホイップ……」
「待て待て~い! ドーナツ? 穴が開いとらんぞオイ!」
「そういう種類のドーナツでございます」
「そうなのか! それは知らんかった。……そうじゃなくて、なんで食事にドーナツなのだ!?」
「お客様履歴から判断しまして、特にご注文頻度の高い品をセレクトしました。カロリーとボリュームも平均値から割り出しております」
「初めてのご利用なのだが!? ハッ……!!」
アユミはこのカードの持ち主がガラグインであることを思い出した。
「あのロボ馬鹿先輩、飯にドーナツとか食ってんのか……! 女子かよ! ……わ、わかったわ。ありがとうさようなら」
「ご利用ありがとうございました」
ホログラム立体映像のアンドロイドは一礼すると消え去った。
「今度からもうちょっと調べてから注文するか……。とはいえ、腹も減ったし、食うかこれ……」
アユミは箱からシュガーパウダーがまぶされた丸いドーナツを取り出し、かぶりついた。
「なんじゃこれ!? 甘い! うまい! こんなに甘くてうまいものを食ったことがない!」
アユミが手に取ったのはカスタードクリームのドーナツだった。さして特別なものでもなかったのだが、食の感覚に貧しいアユミには衝撃だった。
「うまい! 甘い! 美味しさを表現するボキャブラリーの少なさに我ながら絶望するぜ!」
アユミは震える手でドーナツの箱の中を探った。
「おいおいちょっと待て、このドーナツ……」
今食べたものと違うドーナツを手に取ると、アユミはむしゃぶりついた。
「なんだこれは!? うまい! こんなものが世の中にあるのか!!」
それは生地の中にクリーミーなホワイトソースが包まれたグラタンドーナツだった。
「ふざけるな! ふざけるなよオイ! どうして誰も教えてくれなかったんや! それはアタシに友達が少ないからに違いなかろうて!」
味に感動し、自身の見識の狭さに呆れかえりながらドーナツを完食すると、アユミは金色のカードを見つめた。
「ロボ馬鹿先輩、いや、今は神と崇めても構わぬ! アタシ大変なる革命を体感しております。すげえカードを手に入れてしもうた! ……そうだ、さっきアンドロイドが言ってたナントカカントカのニョッキってやつもメチャクチャうまいのでは……!?」
再びホログラムでアンドロイドを呼び出す。
「エスペランス・デリバリーサービスです。何かお困」
アンドロイドが喋り終わるより先にアユミが問いかける。
「ヘイヘイヘーイ! さっきのニョッキいっちょ持ってこんかい!」
「先ほどご質問がありましたバターナッツパンプキンのニョッキでございますでしょうか?」
「それだよそれそれ! たべたい!」
「他に何かご注文はありま」
「ないない! はよ! もってこい!」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
数分後、インターフォンが鳴った。アユミはデリバリーの箱を受け取ると走って食事用のテーブルまで持ってきて箱を開いた。中にはプラスチックの容器に入ったニョッキとスプーンとフォーク、お手拭きが入っていた。
「なんじゃこりゃ、実物はなんつーかマジでその、こう、うまそう!」
ゴルゴンゾーラチーズがふんだんに使われたソースから漂うかぐわしい薫りはアユミの脳髄を刺激した。そのソースを泳ぐバターパンプキンが練り込まれた黄金のニョッキ。アユミはスプーンでニョッキを掬い取り、口へと運んだ。
「うぐぐ……うっ、ううっ……」
アユミは突然泣き出すと、すっくと立ちあがり、正拳突きからの回し蹴りを空に放った。
「これぐらいうまい!」
ボキャブラリー不足の自分を不甲斐なく思ったアユミは自身ができる限りの表現方法として、技でニョッキの美味さを現した。
「うまいぞおりゃー!」
その日、幾度となくアユミの拳や蹴りがアパートの一室の中で空を切った。
こうしてゲームを絶たれたゲーマーの生活は始まった。
一方、大学ではガラグインとアン・リ、ウジェーヌのひとりと2体によって雷電のプログラム調整が行われていた。
「アユミの様子が気がかりなのですが、見に行かなくても大丈夫でしょうか?」
アン・リが語りかけると、ガラグインは作業の手を止めずに返答した。
「あいつが大丈夫って言うんだから大丈夫だろう。最高の状態に仕上げてくる、そう信じてやることが大事だったりするのさ」
「マスター、意外に仲間思いなんですね」
雷電本体の内部を調整していたウジェーヌが声をかけてきた。
「お互いプロの仕事をするだけさ。さぁ僕たちも頑張ろうじゃないか」
柄にもなく真剣な眼差しで作業にあたるガラグイン、彼もスモウの世界に心を熱くした人間のひとりであった。
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