ゲーマーのリベンジと苦悩1

第二次予選後、力士たちは次の戦いに向けて動き出していた。

アユミ、ガラグイン、ウジェーヌ、アン・リのふたりと2体は奔王戦敗北の数時間後にはシンガポールへ戻り、武道場にいた。

急遽雇ったプロの格闘家に指導を受け、今後のアユミと雷電のスモウスタイルの模索と調整が始まっていた。

武道着に着替えたアユミはキレのある拳の動きを見せた。本人は多少の衰えに納得がいかない様子ではあったが、ウジェーヌとアン・リは目論見以上の実力があるという分析結果を話した。


その後、大学の研究室に集合し、第三次予選が始まる55日後に向けてそれぞれのスケジュールを組み直す。


「これから僕とウジェーヌとアン・リは雷電のバージョンアップ、まぁ主にマニュアル操作に関する部分を大幅に再調整することにする。まぁ詳細をキミに言ってもよくわかんないだろうから割愛するけどもさ」

ガラグインは目の前にあるコンピューターですでに雷電に関係するであろう何かのプログラムをいじくりながらそう話した。

ふたりと2体が決断した雷電のバージョンアップのプランは、今までのアユミのゲーム脳の戦法に格闘的直観を上乗せし、雷電のマニュアル操作で実用しようという「マニュアル直観スタイル」であった。

「雷電の調整にはそれなりに時間が必要になります。ですが、雷電のスペックが飛躍的に上がるというようなことはありません。重要なのは操縦するアユミです。生かすも殺すもアユミ次第なのです」

重要なミーティングであるにも関わらず人と話すのが面倒だと言わんばかりの態度をとるガラグインに代わり、従者アンドロイドのアン・リが話す。

「そうは言うけどさ、50日以上あてもなく闇雲に武道場で練習しなきゃいけないワケ?」

武道着のアユミが水分補給用のドリンクを片手に答えた。

「ウジェーヌと考えたのですが、アユミ用に特訓プランを考えてみました。こちらをどうぞ」

そう言うとアン・リは一枚の黒いカードを差し出した。

「なんこれ?」

「世界中の格闘技に関する映像を観ることができる有料動画用のカードです。ご自宅のテレビで使えて無期限有効です。これで一ヶ月間はご自宅でゆっくり勉強されてください」

「へぇ~。めちゃ便利ねえ」

「それとゲームは禁止しますのでしばらく没収させていただきます」

「ええっ!? それは嫌だ!!」

「一ヶ月後に格闘技の勉強の成果をまとめるために体感型ゲームを用意しますから我慢してください」

「うぐぐ……まぁこの大会自体が長期的育成ゲームだと思えば、が……我慢も……」

「ゲームの代わりにはなりませんが、楽しみも用意しました」

アン・リはさっきとは違う、もう1枚の金色のカードをアユミに渡した。

「これはマスター推薦の飲食店デリバリーの無制限カードです。シンガポールの有名店の味がいつでも自宅で楽しめます。一ヶ月後から実践訓練と筋力アップをすることになりますので、多少痩せ気味のアユミには脂肪をつけてもらいます」

「あー。うーん。アタシあんまり食べ物に興味ないのよねぇー」

本来なら誰もが喜ぶプレゼントにアユミはいまいち関心が無い。

「格闘感覚を鋭くするためにもあらゆる感性を磨かなきゃダメだと思うよ僕はぁ~。なんでもかんでも専門分野だけやってりゃいいわけじゃないのよ。ワカル? ゲーム馬鹿にはわかんねえか?」

プログラム作成の手を休めないままガラグインがアユミを煽った。その言葉にアユミはムッとする。

「ちょっとまてー! ロボットオタクが何を偉そうに言うか!」

「ウジェーヌ言って」

反論するのがめんどくさいガラグインはウジェーヌにパスする。

「え、はい。マスターは出自がインドの上流階級ですので、幼少から礼儀作法と習い事を一通り修められております。もちろん芸術全般にもお詳しいです。マスターの御両親も様々な分野で鋭い感性を生かした仕事をされておりますし、お兄様に至っては-」

「そういうこと」

ウジェーヌの長話を遮り、ガラグインは話を終わらせた。

「あーもうわかったわよ! 見てろよ! 次に会う時にはすべての格闘技を吸収した魔王のようなアタシにビビって失禁脱糞号泣するがいいわ! アタシより強い奴に会いに-」

「わかったわかった。早く帰れ」

ガラグインは指をさして怒鳴るアユミの話も遮り、画面の中の世界に夢中だった。


「あークソ! あのロボット馬鹿ムカつくわー!」

アパートに帰り着いたアユミはまだ腹の虫がおさまらない。同行してきたアン・リはそんなことより別のことが気になる様子だ。

「アユミ、一ヶ月の間、私はここに来なくても大丈夫でしょうか?」

ズボラなアユミを心配するアン・リはまるで母親のようだ。

「だーいじょうぶだって! 格闘技の動画観て飯食って一ヶ月過ごせばいいんでしょうが~。余裕でしょこんなの」

「ならばいいのですが。栄養が偏らないように食事を摂ってくださいね。一応ゲーム機にはロックをかけておきましたので」

「はいはいわかってますよ。母親かアンタはってのよ。一ヶ月後にまた会おう! アタシより強い奴にあ」

「それでは」

業務的な伝言が終わるとアン・リはアパートのドアをバタンと閉めて帰って行った。

「最後まで聞けよなぁ。アンドロイドってのは真面目だよな」

アユミは独り言を言うと誰もいない部屋を眺め、息を吐いた。

ゲーマーの性分として、一旦ゲーム機に触れてみるが、アン・リが言った通りゲーム機は特殊な操作によりロックがかけられている。起動すらしない。

「あークソ! マジでロックしてんじゃん。まぁするか。アタシだってそうする」

ゲームをすることができなくなったアユミは、いつも座っているゲームプレイ用の事務椅子に座って一息つき、起動しないゲームのコントローラーをカチャカチャ動かした。数秒虚しさを嚙み締めた後、カバンからガラグインに貰ったカードを取り出した。

「黒いのが動画見放題、金色が食べ放題……」

アユミはまず黒いカードを使うことにした。光沢のある黒い下地にブラックメタルで文字が塗装されているカードだ。「Starry night channel card」と書かれており、下には∞のマークが大きく入っている。このカードは本来、見るジャンルや動画の権利を持つ会社などを選択し、決められた月額料金を払えば動画を視聴できるカードなのだが、このカードだけは特別製で有効期限が無制限になっている。

カードを差し込めばどの端末でも二次元映像や立体映像が楽しめる。カード単体でも側面から投影されたハガキサイズ程度の映像が見れるが、下に白い紙などを敷くなど多少の工夫が必要になる。

アユミの家には23世紀で最も普及している壁を利用したモニターのテレビがある。壁に備え付けられたボックスにカードを通すと、カードで利用可能なサービス一覧が映し出された。

「うおー! すっげー! いくつあんだよ! 全部観きれねえぞ!」

画面には超メジャーな格闘技のタイトルから聞いたことがない格闘技まで、もちろん相撲も映し出された。

「おっ、この『超マイナー格闘技決戦トーナメント』面白そうだけど、あえて『激闘!トマト祭最強の男は誰だ!?』を観る、とみせかけて、普通に『空手世界選手権決勝大会』を観ます。面白そうなのは息抜きで観なきゃねえ~。へっへっへ」


アユミがスティック状のリモコンのボタンを押すと、アユミと壁のモニターの間の空間に立体映像が再生された。目の前の何もない空間に空手の選手たちが浮かび上がる。

「うおー! 出た出た! ギャラクシー熱血野郎! アンドウ・オホリ!!」

空手世界選手権オープニングムービー。前年度優勝者のアンドウ・オホリが空手の形を披露するシーンが流れる。

「言ってることは意味わからなくて笑えるけど、さすがに空手の動きを見ると鳥肌が立つわよねギャラクシー野郎……」

個性が際立つ人物だけに顔を見た瞬間、笑えたアユミだったが、アンドウ・オホリの流れるような空手の動作に格闘家の血がたぎった。

空手の試合になると、アンドウ・オホリは理念として掲げる一撃必殺を存分に発揮し、世界屈指の猛者たちを一撃で倒してゆく。アユミはそれを食い入るように見た。

「これから先、こんなやつらと戦うことになるのかぁ……」

うんざりもするが戦いに高揚する気持ちもあり、ゲーマーであり格闘家でもある性分がアユミを昂らせた。

ふと気が付くと握り締めたこぶしに違和感があり、何か手に持っていたことを思い出した。金色のカード、食べ放題の方のカードだ。

「あ、そういえば。さっきアン・リから体作りは食からって口酸っぱく言われたからなぁ。ようわからんけど、なんか食うか腹も減ったし」

アユミは金色のカードを、使っている自分のモバイル端末で読み込むと、画面のタッチパネルを操作した。画面には何店舗もの飲食店が表示されるが、そもそも食事に無頓着なアユミにはどれが何の店かあまりピンときていない。

「なんかよくわかんねーわね。ヘルプじゃ! ヘルプ!」

アユミがヘルプの項目をタップすると、見知らぬアンドロイドロボットがてのひらサイズの立体映像で浮かび上がった。

「エスペランス・デリバリーサービスです。何かお困りでしょうか?」

アンドロイドの周りにはいくつかのアイコンが浮かんでおり、「商品が届きません」「商品が間違っています」など文字が書かれている。アイコンはショートカットのためのもので、もちろん直接口頭で聞くこともできる。

「あのさー、何食っていいかわかんなくて困ってるんだけど、オススメとかない?」

「わかりました。それでしたらこちらなどどうでしょう?」

ぶっきらぼうに聞くアユミにデリバリーのアンドロイドは丁寧に答える。アンドロイドは消え去り、空間にいくつかの飲食店とメニューが浮かび上がった。

「えーと、ううん? ああ?」

初めて見る食事のメニューにアユミはそれがどういった食べ物であるのか理解が追いつかない。

「これなに? シチュー?」

「こちらはバターナッツパンプキンのニョッキでございます。ソースにはゴルゴンゾーラチーズと豆乳を使用し、添え物には……」

「あぁ、いい! わかった! アンタのオススメで適当に一食分持ってきて!」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

メニューが空間から消え、モバイル端末には「ご注文承りました」の表示だけが残った。

「マジか……なに言ってるのかサッパリわからんかったぞ……」

たかが出前ではあるが、未経験の領域にうっかり足を踏み入れ、アユミはじっとりと嫌な汗をかいて床に座り込んだ。


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