暗黒の相撲取り2
「あんた。狡猾に社会を裏から操る、犯罪の天才なんだってな。でも残念だったね。悪いことをやるにも、ひとつだけ大事なことが抜けてんだよ。昔のヤクザはよく知ってたことなんだぜ? 仁義の無い者にはいつか必ず天罰が降ることを……」
「なんだおめえは!? なんでここがわかった!? 誰に使わされた!?」
「知る必要はない。ただひとつ言えることは、私は『天罰』……ということ」
そう言い終わると力士はおもむろに部屋の机や家具を掴み、壁の隅に追いやった。
「何をしている!?」
「これから私とあんたは相撲をとるんだ。あんたが生き残るには私に勝つしかないんだよ」
「死ね!!」
流田は拳銃を取り出すと力士を撃った。だがやはり、力士には通用しない。
「馬鹿だなぁ。もうそういう段階じゃねえんだよ。あんたは踏み越えすぎちまったんだよ。天が許さない線ってやつをよ」
力士はため息をつくと、雪駄を床に置き、浴衣を脱いだ。
流田はこの力士に対し様々な疑問があったが、そんなことはどうでもいいことなので湧き出る疑問を頭の隅に追いやった。目の前の問題は、ここからいかに脱出するかだ。
「わあったよ! ……相撲でもなんでもとってやらあ!」
流田はスーツを脱ぎ、サングラスを外した。できる限り身軽な格好になり、やる気を見せる。
だが、流田に相撲を取るつもりは毛頭ない。この部屋には流田専用の脱出ルートが存在する。部屋の隅、書類棚の一番下の一段、書類が置いてあるように見えるのだが、薄い紙に印刷されたフェイクであり、簡単に破くことができる。その先は空洞になっており、地下の駐車場まで続くダストシュートになっている。
流田は相撲を取るフリをして、立ち合いの瞬間思い切り飛び退き、書類棚まで逃げる。ダストシュートに滑り込めば地下駐車場にある車で逃げることができる。ダストシュートの狭さでは巨漢の力士に通ることはできない。
流田はわざとらしく部屋の入り口をチラチラと見た。力士に見当違いの方向を警戒させるためだ。さらにはもぞもぞとポケットの中を探る仕草をする。武器を隠し持っている素振りだが、もちろんそんなものは無い。
「ぶっ殺してやらあ! かかってきやがれ!」
勇ましいフリをして流田は床に手をつく。頭脳派ギャングの流田ではあるが、運動能力が低いわけではない。いざという時のためのトレーニングは欠かさずやっていた。単純なフィジカルでいえば一般人よりも高く、それを生かすメンタルも強い。土壇場での度胸はさすがギャングのボスの心臓だ。
じりじりと立ち合いの瞬間を待ち、流田は精神を集中させた。
力士も手をつく。その瞬間、流田は真後ろに飛び退いた。一足飛びで力士の間合いから離れ、力士が押し込めた机の上を逃走すればすぐには追ってこれない。ダストシュートまで行けば流田の勝ちだ。
だが、流田が力士の間合いから離れるより先に、力士の高速の前蹴りが流田の懐に突き刺さった。流田は吹き飛ばされ、分厚い防弾ガラスの入った窓ガラスに叩きつけられた。
「はらわた落とし……」
力士はつぶやくと瀕死の流田に歩み寄った。
「なんで……相撲取りが足技……」
意識が遠のいていく中、流田の口からそんな言葉がこぼれた。
「奈良時代までは突く殴る蹴るの三手の禁じ手は無かったんだぜ? 私はそれを受け継ぐ者さ」
力士の返答はもはや流田の耳には届かない。流田の腹部の裂け目から内蔵が滑り落ち、ドチャリと床に落ちた。数秒後、流田は絶命した。
「聞こえてないか……」
力士は巾着袋に入れてきた手ぬぐいで手や足についた血を拭うと「ごっつぁんです」と一言残し、ジャパニーズギャング組織、猿張堂を後にした。
誰もが知る日本の国技「相撲」
奈良時代、三手の禁じ手・四十八手・作法礼法等が神亀3年に制定された。それ以前の相撲は打撃を主とする攻撃的な格闘技であった。
奈良時代に攻撃性を削ぎ落とし、純然たる力比べである今の相撲の形になった。だがしかし、ほんの一部、打撃と攻撃性、殺傷能力を磨き抜いた「裏相撲」は歴史の裏で脈々と受け継がれていた。
流田はもちろん、政府や警察、一般社会で裏相撲の存在を知るものはほとんどいない。
そして、誰もその存在を知る必要はない。これは『天罰』なのだから……。
いつの間にか空模様は雨に変わり、闇に包まれた街に降り注いだ。
「……傘、持ってくるの忘れてたな」
力士は空を見つめると、降りしきる雨の中、闇に消えていった。
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